デジタル時代の音楽鑑賞…USB-DACを購入 | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

こんにちはガリッポです。

ヨーロッパでヴァイオリン職人の仕事をしていますので、いつもはヴィオリンなど弦楽器の話をしていますが、今回はお休みをいただいているので関係ない話をしましょう。

大学生だったころはお小遣いの多くをCDの購入に使っていました。職人として就職してからは初めは給料が安くて生活していくだけで精一杯でしたし、小さな都市なので品ぞろえの良いお店のもありません。
ラジオから流れて来る音楽を聴くだけで積極的には聞いていませんでした。

去年はコロナの影響で家で仕事をする時期もありました。家では自分の好きな音楽をかけることもできます。そんなわけで興味が戻ってきました。

どんな音楽を聴こうかというのは今なお模索中であります。




今では携帯音楽プレーヤーやスマホやタブレット、PCを使って音楽を聴くことも多くなっているようです。いろいろなサービスがあって今でも十分に理解していません。同様に訳が分からなくて音楽から遠ざかっている人がいるとすれば残念です。

その前にハードウエアとして音質をよくするためのアイテムがあるのです。USB-DACというものです。知っている人は良いですが、私は全く知りませんでした。

DACというのはDAコンバーターの略で昔からあります。CDのようなデジタル信号をアナログ信号に変換してスピーカーから音を出すためのものです。しかしDAコンバーターを買うということはありませんでした。CDプレーヤーを買えば内蔵されているからです。それどころかスマホやPCにも内蔵されています。

DAコンバーターとCDを回転させてレーザーで信号を読み取る装置が別々になっているのはものすごく高価なものに限られていたので縁のないものだというイメージでした。

これに対してUSB-DACはUSB端子で入力が可能だというものです。デジタルのIT機器からDAコンバーターに接続できるというものです。
なぜ必要かと言えば、IT機器に内蔵されているDAコンバーターは安上がりのもので音質が期待できないからなのだそうです。

最近はヘッドフォンがブームで数万円のヘッドフォンともなれば音質が良すぎてデジタル音源特有の嫌な音が聞こえてしまいます。そこでヘッドフォンの端子につなぐのではなくUSB-DACに接続します。ヘッドフォン用の製品はボリュームがついていてヘッドフォンアンプが内蔵されています。

私の場合にはヘッドフォンは使わないのでボリュームもヘッドフォンアンプも必要ありません。

USB-DACは中国メーカーのものなら1万円程度で、高級オーディオメーカーなら10万円や20万円は当たり前です。5万円位でも安い割には音が良いみたいな世界ですからビックリです。

中国メーカーも進歩は著しいのでしょうが、また買い直すのも嫌なので割高でもオーディオメーカーとして歴史のあるメーカーのものを買おうと考えました。


私が選んだのはミュージカルフィデリティというイギリスのオーディオメーカーのものです。ヨーロッパで買えるもので一番安いのはオーストリアのPRO-JECTというメーカーのものですが、音については全く情報がありません。次いでケンブリッジオーディオというイギリスのメーカーのものです。ネットでの評判は分かれているようです。

ミュージカルフィデリティのものは3万円位です。せっかく買うなら手持ちのCDプレーヤーの音もよくできるものの方が良いと思いこれにしました。一般の人にして見れば買う必要のないものに3万円、オーディオマニアからすれば一番安いクラスの製品です。

ミュージカルフィデリティのV90-DACというものでボリュームもヘッドフォンの端子も何もついていないものです。日本では販売していないようです。

ミュージカルフィデリティは一般的なオーディオメーカーとは違い音楽の魅力を再現することをモットーとしたメーカーです。これも言葉ではよくわからないものです。
一般的にオーディオ製品というのは家庭用のものと業務用のものがあります。家庭用でコンパクトなものは家電店で売っていて、高級なものはオーディオ専門店などでオーディオマニアのために売られています。
業務用のものには楽器店で売っているような音楽家向けの製品があります。
おそらく「音楽」というのは業務用のような考え方なのではないかと思います。

クラシックの場合には生の音なのでいわゆる音響機材というのは必要ありません。それが現代のポップミュージックでは必須のものです。そこにミュージシャンによってはとてもこだわりを持っている人もいます。ちょうどヴァイオリンで音が良いか悪いか気にするようなことです。
学園祭などで学生バンドの演奏を聴いた後でプロのバンドの演奏を聞けば楽器や機材のレベルが全然違うのが分かります。
オーディオマニアではないのですが、こだわりのある世界です。

実際にミュージカルフィデリティのDACをPCとアンプの間に接続して試してみるとまずまろやかな音に変わりました。デジタル音源特有の嫌な高音が和らぎました。デジタルは低音はクリアーで優れているのですが、高音に難があります。波長が短くなると粗さが出てしまうからです。さらにネットで扱われる音源はデータの量を減らすために圧縮がかけられているのでソースによっては聞くに堪えないものです。これがアナログであればAMラジオのように音が悪くてもそんなに嫌な音ではありません。

それについては人工的にアナログ信号を再現して補うのがこのようなDACの性能です。

さらにメーカーの特徴である音楽性については躍動感が増しました。

例えばドラムの演奏では全身を使って叩いているドラマーの動きが伝わって来るようです。
ちょっとレトロな音色でもあり、特に合っているのは60~70年代くらいのロック音楽でしょうか。最新のデジタル技術で真空管のギターアンプやアナログレコードのようなそういう音を再現することを目指しているのだと思います。まさに私の趣味で、昔のものが持っている魅力をいかに現代に通用するレベルにするかということです。それも過剰すぎずに作られているのが見事です。勉強になります。

クラシック音楽でもメリハリの効いた表現になっています。イギリスやフランスのバロック音楽で太鼓を使っているとドン!ドン!と中世やトルコなどの音楽のようでクラシック音楽ではないかのようです。
オーケストラでも指揮者の意図が伝わってくるように感じられます。フォルテシモではド迫力です。聞いていて楽しくなるのはこのメーカーならではなのでしょう。

このミュージカルフィデリティのDACはACアダプターが付属しています。上級モデルでは電力を供給する電源の部分が内蔵されています。それ以外は同じようなものらしいので差は電源だけということになります。
実はこのDACに使えるメーカー純正のグレードアップ用のアダプターがあります。それを1万円くらいで購入しました。これにすると低音が深くしっかりしたように思います。ネットで買ったので予想以上にサイズが大きくてびっくりしました。本体とあまり大きさが変わらないです。写真で本体の横に写っている黒いものです。


これでPCを使って音楽を聴けるようになったかというのが問題です。たしかにデジタル音源のマイナス点は解消されました。一方でCDプレーヤーからデジタル出力でこのDACに接続するとさらに音が良いのです。
PCから出力した場合も音は綺麗ではあるのですが、薄っぺらい感じがします。CDのほうが音に立体感があり生々しくスケールが大きく感じます。

私の気持ちとしてはネットでいろいろな音楽を試しに聞いてみて、気に入ったものをCDで買ってCDプレーヤーで再生するという方向に流れてきています。

iPodのブームのころにも全く無関心だったのでハードディスクなどに音楽データをコレクションするという習慣もありません。結局またCDを聞くという結論に至りそうです。

ネットではものすごくたくさんの音楽が配信されているとなるとどれを聞いて良いかわかりませんし、もっと他に良いものがあるかもしれないとザッピングをしてしまいます。CDなら途中でいじらないので音楽に集中できるように思います。

私は、なにも進歩がありません。
最新のDAコンバーターで15年以上前のCDプレーヤーがグレードアップされただけです。知らない音楽を学ぶのとBGMとしてはネットの音楽も使えそうです。


グレードアップ電源アダプター、ケーブル類なども入れると5万円くらいの出費です。それで20年前のオーディオ機器を今風にアップデートして買い替える必要はありませんから無駄遣いとも言えないでしょう。



趣味というのは物を考えるヒントになるものです。
弦楽器の世界は市場規模が小さく、伝統産業で近代的な考え方が理解されていません。師匠がそうだと言ったらそれを信じるだけでした。

オーディオ機器は現代の工業製品で弦楽器のような謎に包まれた世界ではなく事細かに理論化されています。もし理論の通りに行くのなら、理想通りに作られ高性能になればなるほどどのメーカーのものも同じ音になるはずです。しかし実際には全くその逆で高価なものになるほど音がバラバラになっていきます。高価なオーディオだから音が良いということではなく「なんじゃこりゃ?」という音になりえるということです。カタログに書いてある能書きは無視して実際に聞いてみるしかありません。

一度高級店や大型電気店でいろいろなスピーカーの音を聞かせてもらうと良いでしょう。あまりにも音が違うのに驚きます。
「これが一番売れています」と紹介されたものを聞くと「何だこの音?」というようなこともしばしばです。それが難しさです。

私は生の弦楽器の音を普段から聴いていますから、一般のオーディオマニアとは耳が全然違うのでしょう。つまり人によって好む音や、聞こえ方が全然違うのです。メーカーは「自分たちの理想の音」を作り上げて勝負します。販売する人はそれぞれのメーカーの特色を理解してユーザーの好みに合うものを知らせるのが仕事なはずです。実際には月の売り上げ目標のほうが大事なのかもしれませんが…。

このような多様性は趣味やモノづくりの面白さでもあります。


これに対して弦楽器製作は画一的なものでした。
我々のヴァイオリン職人の世界では「巨匠=音が良い」しかないのです。良い音のヴァイオリンが欲しけれ値段の高い有名な作者のものを買えば良いという単純な考え方でした。職人は有名な職人の弟子になることが目標でした。

音は「良い」「悪い」という一つの尺度で測れるものではありません。
店頭で楽器の弾き比べをしているお客さんに話を聞けばみな「難しい」と言います。試奏して10本のヴァイオリンを1位から10位まで順番に並べれば良いでしょう。
そういうことはできません。音は何とも言葉では言い表せないけども、確かに違うというものです。それに順位なんて決められないのです。

順位なんて決められないのに値段に反映させることなんてできません。少なくともうちのお店では、音で値段を決めてはいません。


音には趣味趣向があり、多様な音があるということをまず知らなくてはいけません。実際にミュージカルフィデリティでは音楽の躍動感を再現する、真空管やアナログレコードのような音を最新のデジタル技術で再現するというはっきりとした意図を持っています。違う考え方のメーカーとは音が違うのは当然です。

それと同じようなことは弦楽器の世界では聞きません。
作者が私はこういう音を目指していますとは聞かないです。こういう音を目指して作られたものだとして売られているのも聞きません。「〇〇だから音が良い」と理屈は言いますが具体的にどんな音を目指しているのかというのが無いのです。その結果の音について冷静に評価をしていないので理屈が本当かどうかもわかりません。

多くのユーザーは「音が大きい」ということを優れた楽器と考えるでしょう。何の断りも無ければそのことになります。となれば耳障りでも何でも良いのです。
しかし私が目指しているのはそれとは違います。「オールド楽器の様な音」というのをはっきりと目標にしています。オールド楽器の様な音が良いのか現代の楽器のような音のほうが良いのかは個人の自由だと思います。
「有名な作者だから音が良いに決まっている」と売られている現代のものからオールド楽器の様な音が出ないのです。

それは良いか悪いかではなく「違う」ということです。
違いについて考えることをしてこなかったのが弦楽器の業界です。

楽器製作ではどこをどう変えると音がどう変わるかという教育は受けません。お手本通りに正確に加工できるか問うだけです。そのお手本は偉い師匠のそのまた師匠の誰かが言っていたものです。

発想を変えることが必要です。


もしオーディオに興味がある方がたまたまこのページを訪れて下さったなら、「原音」である楽器がどんな風に作られているか知るのも良いでしょう。

オーディオでヴァイオリンの音を再現するという事にも次回挑戦します。