弦楽器の音の違いを生み出す要素とは? | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

こんにちはガリッポです。


まずは帰国の予定から。
お伝えしている通り、今シーズンは時間の関係もあり何か募集することはできません。日本に帰る機会があるので用がある方は受け付けます。
2020年1月4日から一週間くらい東京にいる予定です。5日は予定が入っています。ブログの問い合わせフォームからでも良いですし、アドレスが分かっている方はEメールでも受け付けます。ひと月くらい前になったので順次やっていきます。




弦楽器の音の良し悪し、またはキャラクターを決める要素が分かれば選び方はわかりやすくなります。うちの師匠はそのような知識をどこかで聞きかじってきたお客さんに対して「いろいろな要素があるので音は弾いてみないとわからない」と説明し素人の知識にくぎを刺します。商業ならそれに乗っかれば売れるわけですが、専門家の責任としては厳しさも必要です。

これがカメラのような趣味なら目的に応じて設計されたレンズなどを選んだり、メーカーごとの特徴を知ってひいきにしたりすることでしょう。趣味としての面白さは仕組みを理解して結果を導き出すところにあるのではないかと思います。

それに対して弦楽器では全く分からないのです。
特に、音大で学んだり、音楽家を職業とするなら、メーカー名や仕組みは無視して楽器を試奏して結果としての音を探すべきです。作者の評判で楽器を選ぶのは「雑な楽器選び」のやり方です。


これでは趣味としては面白くないですね。

ヴァイオリン職人としても何もわからないのは面白くありません。
私もはじめ一般の人と同じように興味があって先入観やイメージを持っていました。
それから師匠に教わると「こうすると音が良い」とか「こうだと音が悪い」といろいろな教えを学びました。プロの本当に知識を得たと思いました。それから同業者のうわさ話や研究の報告などもあります。

しかしこれらで不満に思ったのはみな「音が良い」というだけで具体的な音の特徴が語られることが一切無いのです。
例えばニスは柔らかいほど音が良いとか、軽いパーツにすると音が良いとか、タッピングして何ヘルツになっていると音が良いとか皆さんも聞いたことがあるでしょう。

そのような理屈ではどんな音に変化するのかは全く分かりません。
場合によっては望まない方向に変化するかもしれません。しかし、そのような美意識に対する広い発想を持っていない人が業界には多いです。

これが音が良いですよと正解だけを教わるのです。それと違うことをやったら音はどうなるかは誰も知りません。やってはいけないと教えられ誰もやったことが無いからです。


例えばバスバーをどうしたら良いかというときに、同じ楽器で何度もバスバーを付け替えて試したり、多くの楽器で違うバスバーを試したりすることが必要です。でもそんなことをしている余裕は弦楽器工房にはありません。お金にならないからです。研究だけで収入が得られる職業が無いのです。

だから結局のところはわかりません。
「だいたいこんな感じ」という理解の仕方かその範囲の中で特定の数字に寸法を決めてしまうかです。職人として経験豊富というのはだいたいの感じで仕事ができる人だと思いますが、勘が外れることもあるでしょう。数字で指定すればおおきな間違いは少ないです。誰かがこれくらいだろうと数字を決めたのが、何世代も弟子に教えていくと絶対に侵してはいけない神聖な数字に見えてきます。


私たちにわかるのはひどく傷んでいる楽器、かなり変わったもの、ひどい手抜きが行われているかということです。それを普通の状態にしてやれば楽器は健康な状態になって能力が発揮され、その楽器の固有の音が出てくるでしょう。それでどんな音が出て来るかはわかりません。もともと持っている音が好きでない場合、修理しをした後で「この楽器は自分の好みの音ではない」とはっきりすることもあります。

木材の質


以前は材質について説明しました。チェロの場合には表板の材質によって音はかなり違います。しかし、音は違うけども「良い音」というのはわかりません。柔らかい表板の音を好む人もいるし、硬い表板の音を好む人もいるからです。
柔らかい表板の場合には音も柔らかくて低音側の強いバランス(暗い音)になると思います。硬い材質なら明るくて低音のボリュームは無くなり硬い音になると思います。
一長一短でどっちが音が良いかということは言えません。
ヴァイオリンになると同じ傾向なはずですが違いはよくわからなくなってきます。
硬さは見た目ではわからないということはその時に説明しました。
表板の中をくりぬいて厚みを出したときにはじめて持ってみて柔軟性が分かります。その時には表板が出来上がっているので変更するのは現実的ではありません。また、古い楽器ではふにゃふにゃになっています。同じようにふにゃふにゃにした新作楽器が同じ音がするかと言えばそうではありません。
古い楽器の表板が柔らかいことと音が暗い傾向になるのは一致しています。
古い楽器の方が暗い音をする傾向があると言えます。

ある一面では柔らかい材質のほうが古い楽器に音が似ているということもできますが、音がもやっとして弱すぎると感じるかもしれません。硬い木なら現代の楽器らしい音の魅力を出せるでしょう。

これも他の要素も影響するのでこれだけで決まるわけではないということになります。例えば板の厚みです。板の厚みを材質に合わせて変えても同じ音にはなりません。アーチの形状によっても持った時の柔軟性は変わります。材質自体の柔らかさとは別のことです。

また裏板はどうかと言えば、同じような傾向なはずですがよくわかりません。

私は材質はほどほどのものを使って、加工で音の性格を作るのが良いと思います。

板の厚み


それに対してはっきり傾向が分かるのは板の厚みです。
これは実験がかなりできますし、すでにある楽器を測ることもできるからです。
また改造して薄くして前と後で試すこともできます。

板の厚みについては厚すぎてはダメ、薄すぎてはダメ。その範囲内なら厚めでも薄めでも構わないと言っていきました。厚めでも薄めでもキャラクターが変わるのであって好みの問題となります。ちょうど中間が最高ということはありません。

板が厚いと低音域が出にくくなり、板が薄いと低音域は出やすくなる半面、中音域は控えめになります。高音の規則性はよくわかりません。チェロなら低音楽器なのでA線などは中音域と考えられます。

つまり楽器の音域の範囲に厚みが来ていれば良いということです。それから外れるとうまく機能しません。


これも大きな傾向は分かっても厳密には予測できません。
作りの荒い量産品ともなると予想外の出方をすることもあります。


板が薄い楽器で中音域の響きが抑えられると 、音程とは関係のない響きが抑えられ澄んだクリアーな音になります。

ニス


ニスを塗り替えたりすると音が変わることは経験があります。
量産楽器のニスをはがして自家製のニスを塗りなおしたところ、ハンドメイドの楽器のように柔らかい音になったことはあります。アクリルのようなニスが塗られていたのでしょう。したがって量産楽器が耳障りな音がする原因にニスがあることは十分考えられます。
しかし、量産楽器のニスを塗り替えることは普通は考えにくいです。費用が掛かりすぎるからです。量産楽器よりも高くなってしまうかもしれません。
そのため初めから量産メーカーにニスを塗る前のものを発注して自家製のニスを塗っています。

この時バスバーも交換するのとしないので音はかなり違うようです。弓が軽く触れただけでギャッというやかましい音が出るものが私がバスバーを交換するとしっとりとした感じになります。弓の加減によって音が変わるようになると思います。したがって練習するには良いでしょう。板の厚みなどもチェックすることでかなりハンドメイドの楽器に近いものになります。
逆に大人しすぎる楽器にはどうしたら良いかはわかりません。


一方ハンドメイドの楽器でニスを塗り替えたこともあります。これで良い結果を得られたことはありません。ニスも塗りたてよりはいくらか経過したほうが良いのかもしれません。音は変化します。良くなるかどうかは、それ以前のものとの違い、望んでいる音の方向によっても違ってくるでしょう。「ストラディバリのニスの秘密を解明した!」と言う職人がいても、塗り替えるのはとてもリスクが高いと思います。一度はがしてしまえば元に戻すことができません。作者のオリジナリティが損なわれるため名のある楽器なら金銭的な価値もがた落ちになります。


モデル


それ以外にも重要そうなのですがよくわからないのは、モデルとアーチです。
よくストラディバリモデルやガルネリモデルなどと言います。これは人によって理解度が違いますが、共通するのは表板や裏板の輪郭の形のことです。ストラディバリモデルのヴァイオリンとガルネリモデルのヴァイオリンで音の特徴があるかと言えばよくわかりません。
同じ量産メーカーのチェロを会社で仕入れていますが、ストラドモデル、モンタニアーナモデル、ゴフリラーモデルなどがあります。機械で作られているのでモデル以外はほとんど同じはずですが音の規則性はよくわかりません。仮説を立てたこともありますが、新しく仕入れたものでは当てはまりませんでした。
同じメーカーでも分からないのに、違うメーカーのストラドモデル同士で共通点はまったくわかりません。
ハンドメイドの楽器でも同じです。

極端に細いモデル、またはミドルバウツが極端に細いととゆったりとした鳴り方は難しいでしょう。これはアーチが窮屈になることとも関係していると思います。モデルの形がアーチに影響するのです。特に高いアーチのオールド楽器では要注意です。
フラットな傾向のモダン楽器や現代の楽器で幅が広いほど良いということでも無いようです。ヴァイオリンでミドルバウツの幅が110㎜を超えるものと105㎜程度のもののどちらにも音量に優れたものがあります。
ストラディバリのロングパターンと呼ばれる1690年代のころのものは細長いモデルですが、ミドルバウツは細くありません。

アーチ


さて問題はアーチです。

アーチについてはフラットなほど音量があり、高いアーチは音が小さいので作ってはいけないと教わってきました。現代では作られたものも少なく高いアーチの作り方に精通している人もいないので本当かどうかもわかりません。しかしオールド楽器には魅力的なものがあって魅了されます。そのようなものを作ってみた結果も魅力的なものでした。少なくとも音の大きさについては極端に違うといことはありませんでした。新作の楽器はまだまだおとなしい物ですが、平らなアーチでも高いアーチでも同じです。


アーチについては3次元の曲面で輪郭の形が不規則なのでとても複雑なものです。
大雑把な傾向で高いアーチとフラットなアーチについて考えてみましょう。平らなアーチのものは裏板や表板単体でみると柔軟性があります。高いアーチでは変形に限度があります。古い楽器を修理するときに取り外した表板をフラットなアーチでは持って曲げてみることができますが、高いアーチだとすぐに割れが生じてしまいます。直しているのか壊しているのかわからないのでとても気を使います。ある程度以上曲げることができないのです。

新しい木材ならもう少し弾力がありすぐに割れることはありません。しかし恐ろしいものです。

これは弓の力をかけたときにも同様でしょう。フラットなアーチなら弓に圧力をかけて弾くこともできますが、高いアーチでは音がつぶれてしまいます。デリケートな楽器でフラットな楽器の弾き方では高いアーチの楽器はうまく鳴らないということです。

他方、板の振動の余韻がフラットなほうが長く、高いアーチのほうが短いのではないかと思います。弦の余韻ではありません。板をタッピングしてもはっきりわかります。
高いアーチのほうが歯切れの良い音になるのではないかと思います。これが独特の味のある枯れた音になると考えています。フラットな楽器ではボリューム感が優れるのも響きの長さにあるのではないかと思います。
これらを総合すると高いアーチのほうが反応が敏感に感じる部分があります。フラットなものではやや遅れて来るような「ブワン」というような鳴り方ができるということです。私の作ったものでは高いアーチのほうが手ごたえを感じるので「力強い」と言う人もいます。離れて聞くとそうでもありません。
フラットな楽器でも手ごたえを求めると鋭い音の楽器が優れていることになります。これを離れて聞くと高音はかなり耳障りに感じます。
一方高いアーチの楽器の高音が柔らかいかというとそうでもないです。それに関してはアーチの高さとの規則性はわかりません。高いアーチなら柔らかい音でも抜けがよく、低いアーチだと柔らかい音ではにぶい感じになるのではないかと思います。高いアーチの楽器は弓の加減がシビアでぶん回すような弾き方はできないでしょう。
それぞれ一長一短で演奏者の好みと相性があるでしょう。すでにオールド楽器を使っている人と、近代の楽器を使っている人でも弾きやすさは違ってくると思います。


このような大きな規則性はあると思います。
しかし同じような高さのアーチの楽器同士でも音が全然違うことがあります。この差はよくわかりません。現代の楽器ならみなほとんど同じようなアーチの高さですが音は違います。アーチの形状を特徴に分けて分類するのは困難です。




古さ


最後に古さについてです。
新品の楽器であれば、どれも一長一短で良い所もあれば、悪いところもあるものです。人によって何を重視するかも違います。
全体的にグレードアップするには古さしかないでしょう。20年でも50年でも弾き込まれた楽器は新品とは音の出やすさが違います。平凡な楽器で50年経ったもののほうがどんな職人の新品のものよりも音が出やすいのです。

じゃあ絶対に50年経っている楽器のほうが音が良いかと言えば、音は出やすくなっているけども、その楽器固有の音は変わりません。音は強くなってもキャラクターはそのままです。好きなタイプの音でないなら50年経ってもダメです。

100年、200年と経って行けばキャラクターも少しずつ変化してきます。300年もすれば古い楽器特有の音になり「作りなどは何でもいい」という面もあります。それでもやはりキャラクターはあると思います。1800年より前に作られた楽器では作風に職人の個人差が大きいため音のキャラクターの違いも大きいと思います。でもアーチがひどく窮屈であったり、板が薄すぎたりしなければ大概は「名器」と呼ぶにふさわしいものです。希少で高価なのでケチをつける人も少ないです。

このように楽器が持って生まれる音の性格は職人が作り、演奏者が時間をかけて育てていくものだということです。古いものほど希少で高価、当たりはずれも大きいわけですから、予算に限りがあるなら新しいものも検討すべきでしょう。

機械で作れないアーチ


ネックの角度も重要な要素ですが、オールド楽器では作られたままのものではなく後の時代に変更されています。狂いも生じるので常に同じ状態を維持することはできません。

白木の量産楽器を改造する方法でも板の厚みや、ニスの質などでハンドメイドの楽器に近いものを作ることができます。チェロではコストパフォーマンスに優れたものです。材料も長年ストックしてあるものをメーカーに渡して作ってもらうこともあります。
ニスの成分は変えることができるので上等な量産楽器なら品質も高く、下手なハンドメイドの楽器よりも優れていることはあり得る話です。特に中途半端な値段のチェロでは現在の機械の優秀さに勝てないかもしれません。

単に音だけならハンドメイドの楽器である必要が無いようにも思います。
自分の好む音が量産楽器で得られる人なら安く済んで得です。

白木の量産楽器を改造する方法で、私の思うようにできないのはアーチです。
機械で初めに加工されているからです。もちろん多くの量産メーカーの中から優れたものを探して購入しています。しかしアーチについては表面の仕上げを入念にすることしか改造はできません。

オールド楽器のようなキャラクターのはっきりしたアーチを作ることをずっと研究しています。現代の楽器製作ではキャラクターのはっきりしないものが多いです。それじゃあ機械で作ったものと何が違うのかということにもなります。

私が楽器を見たときに違いを感じる部分でもあります。オールドと近代以降の楽器を見分けるのはもちろん、量産楽器と造形センスのある職人のものと違いが分かるのはアーチです。巨匠と言われているような職人の楽器でも平凡な職人と才能が変わらないとわかるのもアーチです。
写真や本では全く伝わらないもので偽造ラベルを貼られたものでも図鑑で見比べるとそのように見えてしまいます。人によって見え方も違い、客観的に評価することができない部分でもあります。

次回はもっと詳しく見ていきましょう。

これくらいは考えてやっています

楽器店の営業マンや職人に話を聞けば、「〇〇だから音が良い」という説明を盛んにしてくるでしょう。そのような説明は私も修行を始めて数年の間に学んだことです。一般の人で知っていればマニアと言われるレベルでしょう。

しかし実際にいろいろな楽器を調べたり、作ってみたりするとこれらがおかしいことに気づきます。間違った知識を信じるくらいなら、ただただ試奏して音だけで楽器を選ぶべきです。音のほかに値段に見合ったものかどうか、修理や状態、演奏上問題が無いかも重要です。

音について全く分からないということではありません。
以上のことくらいは考えてやっています。

他には品質なども考えられます。バスバーについては少し触れましたが、力のかかり具合に影響があるでしょう。板の厚みやアーチのカーブが不規則なら音程とは関係のない雑音が多くなるような気はします。接着部分が不完全なら振動エネルギーがロスする場合もあるでしょう。精度が悪ければネックの角度にも問題があるでしょう。しかしケースバイケースで規則性を言うのは難しいです。


演奏者の方が気にする点からするとかなり大雑把だと思います。それくらいしかわからないということです。