【コラム】実用品と高級品 | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

こんにちはガリッポです。

勤め先で改装工事があったので業務がストップしていましたが、徐々にいつもの感じに戻ってきました。工事中は自宅で注文を受けたヴァイオリンを作っていたのでフルタイムで仕事はしていましたが、目にする楽器も少なかったものです。

以前は天井と壁には板が張ってあってありました。あまり日本にはないタイプなので説明がしにくいです。それを普通の塗り壁をむき出しにしました。外壁はレンガを積んであるので内側の壁は塗り壁のようになっています。天井や部屋の仕切りなどは現代的なパネルを張って塗ってあります。

音響面では音がよく反響するようになりました。良いのか悪いのかわかりませんが響きが多いです。これからも壁に道具を固定する板を張ったりとか変わってくると思います。

工房はL字型になっていて狭い所だとお風呂のように何の楽器でもよく響きます。安価なレンタル用の楽器を整備していたら驚きました。安い楽器で十分と思うかもしれません。

落ち着いてきていろいろなお客さんが来るようになりました。
以前ブログでもチェロを私が修理したり改造した記事を紹介しましたが、量産チェロを大量に購入したまま工事期間に入ってしまったのでそれを弾ける状態にセッティングして試奏できる状態になって態勢が整いました。

チェロを弾いても以前と違う感がします。
改造してない量産品と改造したものを弾き比べると差が鮮明になったように思います。量産品は音がはっきりしていて同じメーカーのものは音が明るいです。
改造するとき板は厚くできません、薄くする一方なのですが、こちらはフワッと響きます。私はかねてから「幽体離脱感」と言ってきましたが、楽器から音が抜け出て来る感じがします。量産品は楽器から音が出ている感じが強いのです。

もちろんバランスも低音がずっと豊かに響きます。暗い音なので中音の響きが抑えられている分すっきりクリアーな感じもします。
200万円近くするのでポンと買うわけにもいきませんが、2組試奏して好評でした。

弾いてる本人の話だと板が薄いと軽いのか弓に力を入れなくても音が出るとのことでした。かといってギャーとやかましい音が出てしまうものではありません。全くその逆の上品な音です。薄い板の楽器の響き方は独特のものがあると思います。

もう一つは戦前のザクセンのチェロで私が板の厚さも含めフルレストアしたものです。こちらの方が明るくて響きに厚みがあるようでした。音量感で言えばこちらの方があると私は感じました。バランスはニュートラルに近く低音に偏っている感じではありません。

こうなると100年位前のチェロのほうが音が明るいので古いほど音が暗いというわけでもありません。何かが影響し合って響きに厚みが出てその分明るく聞こえるのだと思います。

私はさすがに戦前のチェロのほうが音量があるなと思いましたが、新品の改造チェロのほうが好評でした。どちらも板の厚さを私が改造したので200万円くらいの値段だと100万円程度までの量産品とは明らかに差があってコストパフォーマンスは良いかなと思います。
改装前はそこまでは思いませんでした。


逆に言えば弾く部屋によっては量産チェロで十分ということもあるわけですね。


第三者的に見れば広い部屋に音が響く楽器が良い楽器ということになるでしょうが、演奏者自身はまた違いますし、先生も何十メートルも離れたところから指導するわけでもないでしょう。そういう意味では練習やレッスンの現場と結果を披露するコンサートホールでは全く条件が違うということですね。音楽家が研究してきた細かいニュアンスがホールで遠くの席の人に聞き分けられるのかは疑問ですね。

絵画でも教会や宮殿、オペラ劇場などの天井にフレスコ画が描かれていることがあります。近くで見ることは無いのですが、近接した写真を見ると何が描いてあるのかよくわからないぼやけたものです。離れて見たときに迫力を持って見えるように描いてあるのです。一方細密画というのもあって細かくびっしり描いてある絵があります。見ると精密ですごいなと思うのですが、離れて見ると迫力がないものです。


音楽でそこまで考えているのかなというと、プロの演奏家のお客さんでそんな話をする人はいません。好きな音は別にあってもプロとして仕事するには音量が無くてはいけないと言う人はいます。また多少鋭い音でも広いホールなら気にならないので構わないと言う人もいます。特にオーケストラなら一つの楽器の音にこだわってもしょうがありません。
ただ鋭い音が本当にホールで響いているかは疑問です。演奏者本人に強く聞こえるものを「音量がある楽器」と思い込んでいる人もいるでしょう。それを薦める楽器店や職人は演奏家から支持されがちです。


お客さんは素人なので素人に分からないことにこだわるのではなくて楽しませるような音楽をしようというのはエンターテイメントですね。一方でお客さんの側も自分には全てはわからないけども、その道の達人として納得しているものを演奏してほしいというのもあります。聞く方も前よりも良さが分かれば成長を楽しめます。

そういう微妙な間で成り立っているのだと思います。
楽器職人でも職人の間だけで分かる細工の部分と、ユーザーの求める音の部分と常にその葛藤ですね。ブランドやお金の話なんてのは問題外です。
音だけで良いならはるかに安い値段の楽器に優れたものがあるかもしれません。職人が多数派のユーザーに求められているのはそのような楽器を探してきて売ることです。音だけで楽器を選ぶと下剋上のようなことは日常茶飯事です。
こちらでは楽器選びは激戦の戦国時代ですから実力だけがものを言う下剋上の世の中です。「教育にお金をかければ良い」という発想がアジアのようには無いので安い楽器で音が良いものが求められます。日本からの留学生がはるかに高い楽器を持っていても現地の学生たちの楽器は負けていません。

そのため職人は実際に自分で楽器を作るよりも中古品の中から音の良い楽器を探したり、修理したりすることが求められます。生徒に少しでも良い楽器を使ってもらいたい教師とも一致しています。ほんとうに良心的に楽器店を営むならこのような仕事が大半になると思います。日本でもやっている職人がいて会ったことがあります。私なんかは生ぬるいくらい下剋上の話をしてくれました。


教師などユーザーの期待に応えることに専念することもプロの職人と言えるでしょう。その一方で優れた職人にしかわからない世界にこだわりを持つのも一部のユーザーには求められているのかと思います。


ガラクタから宝を見つける

ヴァイオリン作りもニスの仕事に入ります。ニスは乾くのに時間がかかるので一日中作業をしているわけではありません。そこで簡単な修理を合間にしようということになりました。

まずはこれから


ラベルはマジーニのものですがもちろんそんなわけはありません。昔の量産の流派のものでアンティーク塗装がなされています。

スクロールは一般的なものより巻き数が一周多いものでマジーニモデルとしてドイツでよく作られたものです。

悪くないような感じもしますが、厄介なのは大きさです。胴体を測ってみると37㎝あります。普通ヴァイオリンは35~36㎝くらいです。ビオラは38㎝以上ですからちょうどその間です。極端に大柄なヴァイオリン奏者か小柄なビオラ奏者のためのものとなるかもしれません。かなり特殊な需要のもので表板に割れ傷もあり修理もたいへんなので後回しです。


次は


ニスに痛みがあり、光沢も失われているので汚く見えます。逆に量産品のニスとは質が違うように見えるので工場ではなく、個人の職人が塗ったのでしょう。そういう意味ではハンドメイドの楽器かそれに近いものかもしれないという期待が持てます。

ラベルにはフランスの作者のものが貼ってあります。ミルクールの量産品のレベルならこれくらいの品質のものはあるでしょうが、作風が違います。角が丸くなっていてイタリアのミラノやチェコのボヘミアによくあるものです。1900年ごろに流行したので多かれ少なかれ角を丸くするのは今でもあります。完全にカクカクに作るのは製作コンクール用くらいのものです。

フランスの楽器はそれに対してカクカクでした。今では100年以上経っているので摩耗して丸くなっていますがこれは作った時から丸くしてあったように見えます。

スクロールはクオリティが低いもので、ボヘミアの流派だと断定するには特徴がはっきりしません。そういう意味ではどこの誰の作った楽器なのかよくわかりません。
弦楽器を作った人は覚えきれないほどいるので大半はそうです。

名前が有名な必要はないことはもちろんですが、実力はどうでしょう。状態は悪いですが弦は張ってあります。はじいてみても子供用の楽器のような鳴り方です。そこで板の厚みを測ってみるとやはりかなり厚いです。持った感じでも重いですが、私は測らなくても板の厚さが予想ができるほどになっています。

板が厚いのが本物だという日本向の楽器かもしれませんが、こちらでは外側だけ作った粗悪品です。板を薄くするのは手間がかかりすぎるのでこれも後回しです。


次は


こういうものは古い量産品ではよくあるもので、普通はヤコブ・シュタイナーのラベルが付いています。

シュタイナーモデルの場合にはライオンのヘッドが付いていることが多いのですが、これは普通のうずまきです。ラベルはピエトロ・グァルネリです。シュタイナーモデルの作り方で違うラベルを貼っただけですね。量産工場で働いた人たちはそんなものはわかりませんからこんなものを作っていました。

今なら中国製でもこれより品質の良いものがありますからわざわざ時間をかけて修理するほど魅力的とは思いません。

うちの師匠は冷徹な商売人ではないので、捨てるのはもったいないから直そうかみたいなことになってしまいます。利益を考えたら機械で作られた新品だけを売ったほうが効率が良いです。一方ビジネスマンでないので私が費用を無視したような楽器を作っても満足してくれるので助かっています。
ただこのような楽器を修理するのは気が進みません。

ニスの塗り方も汚いですね。ほんとうのオールド楽器を見たことがあるのでしょうか?これで工場の中では塗装を担当するスペシャリストとして後輩の指導もしていたのでしょう。このようなものはよく見るので「正しい方法」として厳しく指導され代々受け継がれたはずです。

アーチは高さがあって典型的な量産品のシュタイナーモデルです。高いアーチのものは近代でも作られていました。しかしオールドのものとは全く違います。一瞬で分かります。


次です。


これもさほど高価な楽器だとは思えません。


ペグも一本しかついていないので演奏はできません。使われずに眠っていたような楽器はこんな状態です。ここから良さそうなものを見つけなくてはいけません。

一見大きな割れ傷もなく大掛かりな修理は必要なさそうです。

指板は薄くなっているので弦楽器専門店として売るなら交換が必要です。

持った感じも軽いですが厚みを測ってみるとちゃんと薄くなるまで作られています。アーチもフラットで特に悪いところは見当たりません。

左右のf字孔の間隔がとても広いです。これはバスバーの位置にも影響してきます。しかしこの前左右逆にバスバーが付いているヴァイオリンでもちゃんとヴァイオリンの音がしたので数ミリずれていても大した問題にはならないでしょう。

品質もひどく悪くありません。これなら最低限の品質は備えているでしょう。

どこの楽器なのかはよくわかりませんが、ラベルにはドイツの地方の作者の名前のものが貼ってあります。でもマイスター作品と呼べるようなクオリティのものではありません。
何となくミッテンバルトのような感じもします。それもマイスターの上級品ではなく工場製品の感じです。そういうところで働いていた人が独立したか、買い上げて自分の名前を付けて売ったか…そんなことを考えますが確証はありません。ミッテンバルト系でもないかもしれません。

いずれにしてもこれが一番良さそうです。フラットで板が薄いもので古いので単純に良く鳴るでしょう。

汚れがこびりついているのでニスが剥げない程度に目の細かいもので研磨しました。そうすると匂いがするものです。ザクセンの大量生産品はザクセン独特のラッカーの匂いがするものですがそれとは全く違います。どっかで嗅いだことがあると思ったら、新品の革靴の匂いに感じました。同僚に嗅がせてみるとやはり革靴の匂いだと言っていました。彼もこんな匂いの楽器は初めてだそうです。

修理の作業をするごとに革靴の匂いを感じながらやっています。
そういう意味でも量産品によくあるものとはなんとなく違う感じもします。ラベルの通りドイツの作者が何かしら手がけたものかもしれません。いずれにしても中級品ですから高いものではないでしょう。しかし音響的にはかなり良さそうな感じがします。少なくとも今回の中では一番可能性があります。どうなるでしょうか?

ヴァイオリン教師や先生が手ごろな値段で求めるものとなった時にこういう楽器は有力なのではないかと思います。こんなものを弾いていたら次にステップアップするときに新作のハンドメイド楽器は買わないでしょう。鳴らな過ぎるからです。私の楽器でもかなわないでしょう。職人は良心的であるなら自分の楽器は作らないことです。

買い換えるなら次はモダン楽器ですね。
イタリアのものなら500万円では今は難しくなりました。産地や作者にこだわらなければ100万円くらいでもハンドメイドの立派な楽器があります。
特別なこだわりの無い大半のユーザーや教師にとってはこういう楽器が主流です。はるかに高い楽器を買ったのに音が全然ダメという日本の方からの相談がよくあります。
ヨーロッパでの職人の仕事は日本人がイメージするものとは違うでしょう。日本で売ることを生業としている人のものだけが輸入されているのです。


鋭い音がする原因


これらの楽器やモダン楽器は音が強くても、音の質に満足できない人もいるでしょう。そうなるとまた話は違ってきます。

鋭い音がする原因については楽器を調べても共通点を見出すことができません。鋭い音がする共通の条件を見つければ見分けることも原理を理解することもできるでしょうが、さっぱりわかりません。

基本的には高い周波数の音域の音が強く出る事なのでしょう。

板の厚さで分かるのは低音の出やすさですが、高音域の強さについてはわかりません。薄い板でも高音が強い楽器もあります。板が厚いと中音域が出やすくなり、薄くなると低音域が出やすくなって中音が減ると感じます。板の厚さで規則性が現れるのは中音と低音の違いでしょう。板が薄いとヴァイオリンではD~A線の音域が弱く感じます。そのため板の薄いフランスのモダンヴァイオリンには独特の音色があるように思います。チェロなら音域が低いので中音域が減ればA線も弱く聞こえます。


弦楽器というのは音程の音以外にも様々な高さの音が同時に鳴っていてそれによって弦楽器らしい音になります。もし音程の音しか出ていないならどの楽器でも同じ音になるわけですから、楽器ごとの違いについてはそれ以外の音がカギを握るはずです。管楽器との違いは測定によって説明できても同じ弦楽器同士の違いは微妙です。弦なので倍音が出るというのは説明されますが、ものがこすれて出る音ということもあるでしょう。弓と弦が擦れてできた音が楽器全体に伝わって空気を振動させて音になるのです。

なぜ高周波の音の出やすさに違いができるのかがわかりません。例えばラッカーのような硬いニスが分厚く塗ってあれば、それらが高周波の音を出す原因になるかもしれません。耳障りな音がする楽器に多いのは雑に作られた安価なものです。ニスを塗り替えたり、バスバーを交換したりすると柔らかい音になることがあります。

しかし丁寧に作られた高級な楽器ほど音が柔らかいかというとそうでもないのです。ケースの跡がつくようなニスでも鋭い音の楽器があります。

私は作者の癖みたいなものだと思います。自分で意図的に変えることは難しいと思います。


確かにラッカーが塗られているような楽器に耳障りな音のものが多いという印象はあります。しかし、ラッカーでもそうでないものもあります。ラッカーは絶対的な要素ではなくて他の要素と合わさって鋭い音になっているのかもしれません。だからラッカーでも弾いてみないと音は分からないです。
もっと言うと量産品にはもともと耳障りな音のものが多く、それらにはラッカーが塗られていることが多いだけかもしれません。
ラッカーが原因かどうか特定するにも研究が必要ですね。それだけで長年の時間が必要です。「弦楽器を研究する職業」が無いのでそれも難しいですね。

なぜ量産品には鋭い音のものが多いのか?となった時に分からないです。
作りが荒いからだとすると、丁寧に作られた楽器に鋭い音の楽器があるので矛盾します。それらは違うメカニズムで高周波が強まっているとしたら…今後も関心を持って取り組んでいきます。もし何か分かっている人がいれば教えてもらいです。

少なくとも私が分からないくらいだから、ふだん目にするヴァイオリンは音を自由自在に作り分けられたものではないということを知ってもらいたいです。そのため民族ごとの文化的な背景や美意識も関係ありません。
一方分からずに作ったものに音が良いものも十分あり得ます。弦楽器というのは修業を始めてから年数を重ねるごとにだんだん音が良くなっていく物ではありません。まじめにやれば初めから師匠と変わらないものができます。よほど音に癖の強い師匠なら同じものはできないかもしれませんが。

作り方を変えていけば音は変わるかもしれませんが、一長一短で初期のほうが好きという人もいるでしょう。古い方が鳴りが良かったりするものです。不まじめな方が師匠より音が良いものができるかもしれません。

年々改良されて音が良くなっていくはずだと思っているなら現代の価値観に毒されすぎています。電子楽器でも買ってください。

高級品?

私も高級品が好きで憧れがあって職人になりました。だから初めのうちはそういうものを作ろうと一生懸命になったものです。

高級品と言えば、形は均整がとれていて、細部まで精巧に加工し、ほころびや傷一つないものです。すみずみまで注意が行き届いていて余計なもののの無いフォルムが追求されているのです。上品となるとあからさまな派手さは抑えたものになります。スーツヤビジネスシューズでも仕立ての良いものと言えばそういうものでしょう。

職人の世界なら師匠から厳しく指導されて何度でもやり直しをさせられるのかと思うかもしれません。私は完璧さを求めていつまでも納得しなくて「もうそれくらいで良いだろう」と言われるくらいでした。だから怒られたという記憶はありません。長年職人をやっていれば若い時のようにそのことだけに全てを集中させることは難しくなってきます。今になって現実的に仕事をするとなると「その辺で良しにしておけ」という指導は正しいのです。

一般に職人は厳しく指導するべきです。不まじめでやる気がなく、目を盗んですぐに手を抜く人を前提に教育が作られるからです。職人なんて立派な仕事に就けない人がなるものでしたから。でも人によっては厳しく指導する必要なんて無くて、おもしろくて夢中になっているうちに技能が身についているものです。同じ内容の修行でも「理不尽にしごかれた」と思っている人もいるし、ただただ楽しかったと思う人もいます。どこの国の学校でもだいたい半年以内に半分は辞めていきます。
経験者でも言う人によって全く違うことが言われます。もし自分も厳しく指導されたから後輩には厳しく指導するべきという人がいれば嫌々やっているということですね。


それに対して高級品を商う人は現実を語ってはいけないのかもしれません。高級品を買う人達にも求められている役割だからです。
スポーツ団体なら大会の権威を脅かすようなことは絶対に言ってはいけません。そんなことしたらファンが冷めてしまうからです。それと同じです。

「均整のとれた形で細部まで精密にアラや欠点は一つもないものが高級品である」という価値観にわずかでも反するようなことを考えてはいけないのかもしれません。しかし私は自分が作る側にいると「それがすべてなのか?」と思います。

さっきの細密画の話ではまさに職人です。それに対して近くで見るとぼやぼやしたような絵は高級品としてはダメです。でも天井画にしたとき迫力があるのは後者です。これは職人じゃなくて芸術家の領域かもしれません。
ミケランジェロはそうやって天井画を描いたのですが、一回足場を外して続きから構図が変わっているそうです。途中まで出来たのを見てみて「ちょっと弱いな」と気付いて変更したのかもしれません。

アマティやストラディバリ、シュタイナーなどは高級品の定義に当てはまるでしょうが、デルジェズは当てはまらないです。もちろん当時値段が安くて高級品では無かったということもあります。しかし、デルジェズのヴァイオリンはなんとなく迫力があるのです。ただし仕事ぶりを見ればミケランジェロのように計算した「芸術家」と考えるのは無理があります。
これは普通のことで完璧に仕上げていくほど勢いや迫力は無くなっていくものです。絵でもラフなスケッチや、デッサンの基礎を無視したようなイラストや「ヘタウマ」というような方が強く感じます。もっと言えば漫画やコミックなんてもっとそうです。

ミケランジェロのような勢いのある躍動する造形ができないかと思ったとき、オールド楽器はとても面白いのです。アマティやストラディバリでも、現代の「高級品」に比べれば起伏やアドリブに富んでいておもしろいです。私のアーチの作り方なんてまさにこれを具現化できないかと考えてきたことです。


多くの弦楽器ユーザーは高級品が好きでも何でもないかもしれません。
子供のころには高級品なんてのは分からなくて、業界の価値観を学んでいくことによって高級品が分かるようになるのです。
楽器の機能性を求めているのが普通です。無名の中古品から目ざとく良さそうなものを見つけて直して使えるようにする仕事が求められています。

それに対して、弦楽器を購入する以前に別の業界で高級品が分かるようになった人が弦楽器を買う時にも同じ考え方を応用しようとするなら私はちょっと違うことも知ってほしいと思います。少なくとも私自身が若いころに夢中になっていた「均整のとれた形で細部まで精密にアラや欠点は一つもないものが高級品である」というのは努力によって誰にもでもできるものです。実際には誰でもというわけにはいきませんが、何か違う可能性が無いかと考えています。


自分がものを買う時はそういう高級品は興味が無いです。
ものが悪いというのではなくて、もう憧れや学ぶものが無いからです。
「自分は高級品を分かっている」という顔をするのは恥ずかしいです。創造に挑戦していないことをアピールしているようなものです。だから高級品は身に付けたくないというのもあります。


でも実際に仕事をするとなるといつものように高級品を作ってしまうのです。
それで失望するのは理想が高すぎるのでしょう。高級品は良いものですよ。
趣味では高級品から離れたいのでDIYでやっていますが、誰から指摘されるわけでもないのに油断するとすぐに高級になっていきます、困ったものです。基本のレベルが高級すぎるのです。