非常に難しいもので凝りに凝ったものならこれだけで40~50万円くらいしてもおかしくないです。それでいて音には関係ないので演奏家には興味を持たれず報われない仕事の一つです。
そのため真っ先に手が抜かれるところでもあります。
こんにちは、ガリッポです。
イタリアで地震があり甚大な被害が出ました。
ヨーロッパの建築は地震に弱いところがあります。
私のところでも建築現場を見ていると積み木かと思うような家の作り方をしています。
今のレンガはサイズが大きくて中に空洞があります。壁は50㎝以上厚さがあり冬の寒さには強い仕様になっています。
良いところは後で壁を塗ってを仕上げてた時に伝統的な建物と同じようになるところです。室内も塗り壁です。日本現代の住宅のように量産された外壁パネルや石膏ボードの内装にビニールを貼ったようなものとは趣が違います。古くなってもまた塗りなおせば何百年経った建物でもきれいな室内にすることができます。
いかに日本の建物が西洋風になったとしても工法が違うので全く違う印象を受けます。戦後の建物は様子を見るといつごろ作られたものなのかすぐにわかります。時代遅れとなってしまったものは不動産としても魅力がなくなるでしょう。
ただ地震の危険を考えると日本には適さないものですね。
今週の出来事で興味深かったのは、モダンビオラに裸のガット弦を張ってバロック弓で弾いている方が来ました。ビオラ自体はフランスの戦前のもので、おそらくミルクールのものでしょう。パリと書いてありましたが販売者がパリで生産はミルクールではないでしょうか?
ともかく上の2本を裸のガット弦、下の2本を金属をまいたものにして古楽などを弾いているそうです。それ以外はすべてモダン仕様でした。
以前に戦前の弦などについて昔のカタログを紹介しましたが当時のものに近いフィッティングというのが興味深かったです。賢明にも駒はモダン駒でこれをバロック駒にしてしまうと強度が高くなりすぎてきつい音になることが考えられます。バスバーも小さくするなど全体のバランスが取れていないと良いバロックビオラにはなりません。
というわけで、戦前はこんな音がしていたのかということでした。
はっきり言って今の弦とは全く音が違います。
同じモダン楽器と言っても戦前は今とは全く音が違ったということです。
バロックの時代からずっとガット弦が使われていたわけですが、最近はほとんど使われなくなりました。
このビオラではあまりよろしい音とは言えませんでした。
弓の加減によってはギャッと嫌な音が出ていました。それを出さないように弾くのが難しいということで何とかしてほしいという依頼でした。一番簡単な解決法は裸のガット弦を止めることです。
そうもいかないしお金もかけられないので魂柱を交換してどうかというところです。
戦前のフランスの楽器でオリジナルのネックがついているものは現代の標準よりもネックは斜めに急な角度で付いています。19世紀のモダン楽器はフランスに限らずそうだったと考えています。フランスの影響の強いトリノの流派ではプレッセンダにそのようなネックが現存していますし、クレモナのチェルーティーにも見られます。
現代ではもう少し水平に近い角度で取り付けられています。
これによって表板を押し付ける力が変化するのです。モダンヴァイオリンと言っても現代とはフィッティングが違います。
1880年ころからドイツで大量さん生産が行われるとネックの角度は現代のものと同じなりました。したがってこの頃のセオリーが今でも続いているのだと考えられます。
同じ時期にフランスでは相変わらず19世紀のスタイルを守っていたようです。
現代のような水平に近いネックの角度は弦の張力によって少しずつ角度が狂ってきます。そのため弦楽器はまめな修理が必要なのです。戦前のように急な角度なら弦の引っ張りに対抗する力が強いのでそのまま残っているものもあるのです。
これは弦楽器の修理として常に必要になってくる部分で何十年も使用すれば必ず問題になります。古い楽器ではほとんどのケースで修理が必要になるポイントです。
このように今と戦前では全く違う音がしていたということは興味深いです。
現代の楽器製作の知識というのはその時代から変わっていないのですが、音はだいぶ違うのです。作り方は同じなのに弦が違うので音が違うのです。
したがって当時の人が様々な工夫をしたり絶妙なバランスを見出したとしても現代の弦では全く意味が無いことになってしまいます。同様に今の時点で絶妙なバランスを見つけても将来の弦では音のバランスは変わってしまうでしょう。
弦は各メーカーが毎年のように新製品を出してきてすぐに座を奪われていくというそんな状態が続いています。チェロなんかは値段が高いのに毎年新しい弦が出ますから試すだけでも大変です。
上級者の手によるオールドヴァイオリンの演奏を聞いたときに、ヴァイオリンの製作者は「この音になるようにイメージして作ったんだ」と考えてもそれは間違っています。全く作者が予期せぬ音が今鳴っているのです。その音は作者の意図したものとは全く違うものなのです。
したがって、天才の職人がイメージして作った楽器の音だから良い音だということはありません。
楽器職人としては現代のセオリーというのが今の弦を前提にしたものではないということで、セオリーを絶対視する必要はないというのが一つ。世代を重ねるごとに楽器に求められる音も変わるということ。そのためには作り方も変える必要があるでしょう。
もう一つは大ざっぱに「こんなもんだ」というくらいで楽器を作るしかないということ。今の弦に合わせて楽器を作っても将来は変わってしまうということが言えると思います。したがって細かいことの違いよりも大きく見て作風の違いに注目する必要があるのかなと思います。
ピエトロⅠ・グァルネリのスクロール
スクロールは音には関係のない部分ですが、作品を味わう上では面白いところです。もちろん、振動していますから全く音に関係ないということではありませんが、音を計算して彫り方を変えるなんてことはできません。何がどうなるかなんてわからないからです。
まず重要なのはペグボッスが弦がちゃんと巻き取れるようにできているということです。言い換えるとペグを正しい位置に取り付けることができるかということです。この点においてアマティ派の楽器は共通の形をしています。アマティもストラディバリもデルジェズもみなおおよそ同じペグボックスの形をしています。
私が古い楽器を見るときに渦巻きではなくペグボックスの形により注目します。
流派の特徴がはっきり出るからです。渦巻のほうはかなり雑に作る人がいるので同じ作者でも著しく形が違うことがあります。ところがペグボックスのほうが作者や流派の特徴を表しているのです。
渦巻きのほうは現代のヴァイオリン製作では型を作って型どおりきっちり加工するのが主流でしょうが昔はフリーハンドで作っていました。そのためバラつきが大きいものです。
ピエトロ・グアルネリのスクロールの特徴は基本的にアマティのスタイルを踏襲していると言えます。今回作るものも製図して平面に起こせばほとんどストラディバリとも見分けがつかないようなものです。
その上でグァルネリ家の基本となっていくのでデルジェズとも共通のものです。デルジェズは多くの場合、ピエトロⅠの弟である父親のジュゼッペⅠがスクロールを作っているので型自体は共通しています。ただし仕事のタッチに違いがあり独特な雰囲気があります。
なぜかジュゼッペⅠはノミの刃の跡を仕上げていません。それはベネツィアのピエトロことピエトロⅡにも受け継がれています。それに対してピエトロⅠは仕上げて刃の跡が残っていません。
ピエトロのスクロールの印象は、必ずしも完璧さを追求したものではないと思います。
それは私の目が厳しくなりすぎているのでそう見えるのかもしれません。アマティの早い時期や並みの品質のものと遜色はないでしょう。現代の名工はもっと完璧なものを作ります。
ただし今回作る1704年のものは珍しく(?)とても美しく作られたものです。
クレモナ派の基礎
私は必ずしもクレモナ派のオールドヴァイオリンの作風が音響面で他より優れているとは考えていません。他の流派にも素晴らしいヴァイオリンがたくさんあるからです。
しかしながら、共通の基礎というのがあるように思います。それは言葉でここがこう違うとはっきりと言うことは難しいものです。また一般の人が見たときにはっきりと「違うな」とわかるようなものでもないかもしれません。
繊細な職人の仕事というのは特徴がはっきりしないものだと言ってきています。見る人が見るとクレモナ派の特徴が「確かにそうだな」とわかるわけです。パッと見てわかりやすい特徴があるならマネされてしまうのです。モノマネならそれをオーバーに表現することでしょう。
近代、現代でもクレモナ派の楽器は大変に高価で多く人から求められ、職人の世界でもお手本とするべきと考えられ複製もよく作られます。それなのに私が見て「よくできているな」と感じるようなものは非常に少ないです。一般の人には違いが分からないと見込んで全く別物を売っているのです。もしくは売っている方も違いが分かっていないのかもしれません。
必ずしも製作の難易度が高いということではありません。
ただ単に考え方が今とは違うのです。
別にまねされないようにするために特別な方法で作っていたわけでもなく、トレードマークとして特徴を強調するように作ったのではなく、彼らにとって「普通」に作っていただけです。
普通に作っていただけなので特徴がはっきりしないのです。
一見当たり前のようなものなのに実は存在していることが大変に珍しいというのがクレモナ派のオールドヴァイオリンと言えるかもしれません。感覚に頼り、作り方をきちんと確立できなかったとことが珍しさの所以なのでしょう。
作っていきましょう
材料に形を転写するとこのような感じです。
板目板の裏板であってもスクロールの取り方は普通です。
アマティは90度向きの違う木の取り方をすることがよくあります。
ネックの歪みや耐久性のどのような影響があるのかはわかりません。
カーブに特徴があり完全な円ではなく斜めの楕円になっています。赤で示した軸のほうが半径が長くなっていて青で示した軸のほうが短くなっています。
これはおそらく目の癖みたいなものでこれでバランスが良いと感じたのでしょう。
反対側でも同様の傾向があります。つまり鏡で映したように左右が対称になっているのではないのです。
このように弓鋸を使って手作業で作ることができます。今時こんな工業製品は他にないです。高級ブランドで職人を名人として個人名を紹介してもこんな作業しているところはないでしょう。
昔はこれしかないわけです。二人の人が両側からのこぎりを挽いたということも考えられます。
一般の産業ならコンピュータの図面通りに機械が加工して、それを仕上げているだけの職人を名人として宣伝しているのです。
横方向だけまず加工します。ペグの穴だけは機械を使って開けます。手作業でもできますが垂直に穴を開けるのは無理です。ペグは弦の巻取りに関係するところなので省力化のためではなく精確さのために機械を使います。
下にスケッチがありますがこのような寸法をもとに幅を加工していきます。しかし寸法が与えられているところは限られていますし、立体物なため測るポイントもよくわからないので後は目で見た感じで作っていくことが重要です。チェックポイントの寸法通りになっているから正解というのではなくてその間のカーブやバランスを無視してはいけないのです。
これは複製なのでオリジナルの寸法がポスターに書いてあるのでそれをもとにします。当のピエトロ本人はかなりいい加減で目で見た感覚だけで作っていたと思われます。楽器によってスクロールの横方向の寸法がバラバラなのです。ペグボックスは割と同じ形をしていることを考えると型紙のようなものがあったかもしれません。しかしスクロールの2週目以降は感覚だけでしょう。
これに対して複製はたまたまピエトロがそう作ったものをその通りに再現するものですからとても慎重さが要求されます。
のこぎりで切っていきます。
渦巻きのところも彫り進んでいきます。
型は左側のスクロールから取ったものですが、先ほどの説明のように楕円形にゆがんでいるためこのように少し左上と右下を残しておくのです。後で写真を見ながら目の感覚で仕上げるのです。こういう作業でとんでもなく時間がかかってしまうのです。ザックリ削り落としてしまえば修正はできません。本当に微妙な違いです。本人は無意識のレベルですから
このように手作業で作っていくわけですが、スクロールだけでも最低30万円はするでしょう。修理でスクロールが壊れて新しいのを作るとなるとそれだけの修理代がかかるのです。そのため安い楽器ではペグボックスが壊れたらもうおしまいなのです。
出来上がりです
白木を写真に撮るのは難しいです。ニスを塗ればもう少しわかりやすくなります。
一見するとアマティの感じに近いように見えます。古い楽器ではニス塗も剥がれ汚れが付着し角が摩耗して現在の姿になっているのでまた印象が違います。
赤と青の線を見てください。先ほどの説明のようになっています。均等な丸ではないのです。
それからペグボックスの根元のラインが黄色の専用にもう少し深くカーブしているのがアマティの特徴です。ストラディバリでももう少しカーブしています。これはデルジェズの特徴でもあります。デルジェズの晩年のものではもっと強調されているものもあります。その反対なのがシュタイナーでアマティよりもさらにえぐれています。シュタイナーをお手本にしたドイツの楽器ではさらに強調されていることもあります。
反対側は鏡のように左側を写したものではありません。わずかに違うのです。
正面もアマティの感じがします。特徴もあります。
大きな特徴は図のaの部分がとても幅が広いことです。これはかなり独特です。他のピエトロでもこのようなものは例外的なケースでしょう。したがって寸法などは決まっていなかったということでしょう。赤線はストラディバリならほとんど直線になります。肉眼で見るともう少し曲がって見えますがアマティもこのように湾曲しています。左右が対称ではなく左側が斜めになっているのもオリジナルの通り再現しました。
青線のところも右側のほうが低くなっています。多少段違いになっています。
ペグボックスの特徴はbとcの差がとても大きいので急な楔形になっています。これもアマティの感じです。昔は指板が大きかったのでcが指板の幅よりもずっと大きくなっています。修理によって現代の指板に変えられているのです。
継ぎネックの修理をした人が赤線のように新しく継ぎ足した部分を加工してしまうことがよくあります。そうすると外側の黄色の線のようにカーブして見えます。デルジェズではそのような印象を受けることがよくあります。継ぎネックされたオールド楽器では異なるカーブがあるので目の錯覚で右の黄色の線のようにも見えることがあります。
後ろも遠近感が協調されてカメラでは近いところが大きく映っています。
肉眼ではずっと八の字型に見えます。
渦巻きの2週目の幅が広いので深く彫り込んであるように見えます。
刃の跡は仕上げてありますが基本的な作り方はフィリウスアンドレアのものが参考になります。
これくらいの出来ならアンティーク塗装を施せば十分雰囲気が出るでしょう。
美しさを鑑賞するのはその時ということになります。
その時はレンズを変えてみましょう。
この楽器ではカーブがとてもきれいに作られているので胴体の輪郭やアーチ、f字孔とともに独特の丸みが堪能できると思います。
肉眼で見るのと写真で見るのでは印象が違いますからぜひ実物を見てもらいたいですね。
両目で見るのと片目で見るのでもだいぶ違って見えます。作っているときは片目で見ています。
ブログの紹介は遅れていますが実際の製作は佳境に入っています。まもなくニスの仕事に取り掛かるところです。完成に向かって集中です。