デルジェズをコピーしたヴァイオリンのチューンナップに取り組みました | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

ヴァイオリンの製作工程には音を調整しながら作り上げていくということがありません。作ってみてどんな音になるかというだけです。

完成した後で音を仕上げていく方法を試みていきます。




こんにちは、ガリッポです。



弦楽器というのは音を調整する機構がついていないので狙ったように調整するのは大変に難しいものです。それと同時に日々の湿度などの変化や年数の経過によっても音が変わってきます。

ちょっとしたことで劇的に音が変わったと感じることがあり、いろいろな対策を施したのに変わってほしくないところが変わって、変わってほしいところが変わらないこともあります。


効果が大きいのは長年メンテナンスや修理がきちんと行われていない楽器です。見た目が壊れていなくても狂っている点は多くあります。製作時にすでに間違っていたり、現在のやり方と違ったりしたときも効果的です。

このようなときに私たち職人はその楽器が正しく作られているのか、間違いだらけなのか知ることができます。

これまでまともに音が出なかった楽器が修理をしてはじめて音が出るようになったとき、その音が自分の求めていたものではなかったということもあります。



最も難しいのはどこにも悪いところが無い場合、きちんと修理されている、きちんと作られた新しい楽器の場合には修理をしても効果が得られにくくなります。そうなると修理するのに二の足を踏んでしまいます。


今回は去年作ったデルジェズコピーのヴァイオリンに改造を施してみましょう。

すべて一長一短

私はヴァイオリン職人が思った通りの音の楽器を作ることができないということはこれまでも言ってきました。熱心に研究しても完全に思ったように作ることはできないし、何も考えずにお手本通り作っただけでも音が良いと気に入られる楽器を作る人もいます。昔に作られた音が良い楽器を調べてみると適当に作ってあるものもありますし、きちんと作られてあるものもあります。

多くの職人にとってはイメージ通りに音を作り分けることは全くできず、流通する楽器の多くもそのような職人によって作られたものだと考えていいと思います。現代では世界共通の作り方をしているのにイメージ通り作れませんから国によってこういう音と決まっていると言うのはばかげています。


そんなことで、私も去年作ったものはイメージとちょっと違ったなと思うところがあったので改造してみる事にしました。とはいえ、私のイメージが他の人の望むものとは違うかもしれません。したがって改造を施さないほうが良いということもあり得るのです。

ただ、納得がいかない部分があるのでやってみたいと思います。繰り返しになりますが、私の納得なんて使う人からすればどうでもいいことだというケースもあり得ます。そのため私は自分が気に入るかどうかで音を評価していません。いろいろな人の感想を聞くようにしています。


思ったより明るい音

私は独自の研究によって新作では珍しい「暗い音」のヴァイオリンを作ることができるようになりました。その後変更を加えていく中で徐々に明るくなってきているように思います。明るいのが良いのか暗いのが良いのかも好みとしか言いようがありません。ただ古い楽器ほど暗い音のものが多く新しい楽器では珍しいので希少性があります。

ニスや作り方の細かな変更などによっていつの間にか少しづつ明るくなってきています。暗ければ他はどうでもいいというわけではありませんから、発音などは改良されてきています。その一方で明るくなってきています。

明るいと言ってもとても明るいのではなくて一般的な新しい楽器よりは暗くて古い楽器よりは明るいのです。もっと古い楽器感を出したかったらもっと暗いほうが良いわけですがトータルで標準的なので決して悪いものではありません。

オールド楽器のファンでそのような音の楽器が安い値段で欲しいという人にはもっと暗い音が良いでしょうし、新しいとか古いとか関係なく中間的なバランスの楽器が欲しいということになればそのままでいいことになります。


明るい音派の人たちの中で演奏されれば暗い音の楽器は地味だと感じられ、暗い音派の人たちの間では魅力的な楽器と全く異なった評価が得られます。サッカーのホームとアウェイのようなもので個人だけでなく家族や仲間によっても好まれる音は違います。同じ楽器がその場の空気によってネガティブに受け止められたりポジティブに受け止められたりします。その場にいる人が数人程度なら好みは激しく偏ります。仮に統計的に偏りが無い人数になった場合には、自分の好みと「世間」とのギャップを感じるでしょう。「なんでこんな音をみんなは良いと思うのか?」と感じることが多くなるでしょう。

したがって最終的には自分の好みしかなく、客観的に音の良し悪しを格付けすることはできません。


どちらでもないという人には中間的なものが最適です。そのため自分の好みは優先せず中間的なものを作ってきましたが、私個人としてはもう少し暗いほうが良いなと正直思ってしまいます。

前回の帰国では暗い音のする古い楽器を試してもらいましたが思いのほか好評だったので日本でも暗い音の楽器が受け入れられるのだなと目標をを修正することになりました。



音の明るさを決める要素として私が考えているのは板の厚さが基本だと考えています。特に大事なのは裏板だと目星をつけています。

様々な楽器の修理やメンテナンスをしていると裏板の厚い楽器に出くわします。板が厚いのに意外にも暗い音のする楽器もあります。ただし、万全な状態に修理すると低音に深みのない音になることを経験しています。私の修理が失敗したのではなく、楽器本来の音が出るようになったのです。

私がこれまでいろいろな楽器を作りましたが、裏が薄めで表が厚めのほうが裏が厚めで表が薄めの楽器よりも暗い音になりました。ただ両方薄ければもっと暗いわけですから表も関係が無いというわけではありません。


表板を開けてみると・・・

思ったよりも明るい音になった要因として私が考えたのは表板の木が硬い材質のものだったということです。裏板はちゃんと薄く作ってありますから表板の質が原因だと考えました。

そこで表板のエッジ付近を薄くすることにしました。
エッジ付近を薄くすると表板の強度全体に大きな影響があります。隅っこですから雑に作られたり機械で作られた楽器には削り残しがある部分ですが、強度には大きな影響があります。



古い楽器では修理が繰り返され痛んだり、新しい木材が貼り付けられたりしてオリジナルの状態から変わっている部分でもあります。

耐用年数を考えてエッジ付近に厚みを残し気味にしてあったのでもう少し薄くしてみましょう。


エッジ付近が薄く中央が厚い楽器があります。
私はこのような楽器の音は「ペラペラ」な薄っぺらな音だと感じることがあります。これは私以外の人も感じるのかよくわかりません。少なくとも板が薄いから薄っぺらな音になるというのではなくてもっと複雑なものです。演奏者の印象で板が薄いと考えていても測ってみるとそうでもなかったりします。よくf字孔のところから厚みを見る人がいますがそこだけ厚いことも薄いこともあります。



驚いたことは、完成した楽器の表板を開けて厚さを測ったところ、ニスを塗る前、つまり厚さを加工した時よりもずっと厚くなっていたことです。ニスの厚みが加われば厚くなるのは当然です。私は以前はアルコールニスを使っていてそれほど厚みが無かったのでニスを塗る前との差は0.1mmあるかないかくらいでした。ほとんど誤差のような違いでしたがオイルニスを使った今回測ってみると0.2mm厚くなっていました。こうなるとさすがに印象はだいぶ変わってきます。

オールド楽器ではニスは剥げ落ち残ったニスもこすれて風化して薄くなっています。したがってオールド楽器を再現するならニスの厚さは無視していいということになります。新し目の楽器の厚さを測るときはニスの厚さも考慮する必要がありそうです。ニスの厚みも含め今後の課題です。

バスバーの変更

バスバーの違いによって音がどう違うかはよくわからないこともあります。私が実験したところによるとバスバーの強度が低く柔らかければ音もやわらかくなるようです。もし音がきつく感じるようであれば柔らかいバスバーを付ければ音もやわらかくなるでしょう。逆に音が弱い楽器に硬いバスバーを付ければ音が強くなるか?というとさほど強い音にはならないようです。柔らかいバスバーを付けるとさらに音が弱くなるのでそれよりはましと言えます。

それとは別に不思議なことは私が耳障りな音の楽器や、金属的な音の楽器ののバスバーを取り変えるとそれらが弱くなってマイルドになります。理由は分かりません。
新しいバスバーに代わって間もないためでしばらく弾き込みをしていくと変わっていくかもしれません。

材質は表板と同じスプルース(ドイツトウヒ)です。
削って表板の内面にピッタリ合うようにします。


上部はまっすぐな状態で接着面を合わせ接着します。薄いとしなってしまうからです。

そのあと上側のカーブを加工します。


ここでバスバーの強度を変えるパラメーターが各部の高さです。
このほかバスバー全体の長さとバスバーの厚さも変えることができます。

バロックヴァイオリンではバスバー全体が短く厚さも薄く高さも低くすると裸のガット弦の張力と釣り合いが取れます。

現代は弦の張力が強いのでバスバーも強いものにします。

画像のcの部分はどの職人もほぼ同じです。業界の標準があります。
強度に大きな差となるのはbの部分です。bが低ければバスバーは柔らかくなり音もやわらかくなります。

ここは測らない人が多いので人によって違いが大きい部分です。現代のスタンダードな新作だけならアーチが同じなので上のカーブを同じにすればいいのです。オールド楽器のようにアーチに癖が強いとb地点も計測しなければ強度がメチャクチャになります。


バスバーの太さですが私は新しい楽器では細めにして古い楽器では太めにします。表板の強度ということもありますが太いほうが丸い音になるイメージがあります。本当かはわかりません。
メタリックな表面的な鳴り方で芯を食っていないような音の時は太めにします。

もっと硬い材質にすれば音が強くなるかというのも興味のあるテーマです。
ヴァイオリンで試したことがありますが、やはり適切な柔軟性であるとうまく音が出るようです。あまりに硬い材質だとひきつったような音の出方になります。

駒の自作



表板を付け直します。

駒を新しく作ります。市販されている駒では細かいサイズ違いのものが出回っておらず製造元に注文すると時間がかかってしまうので自作します。そのほうが早いです。
材料はメイプルです。年輪の幅が狭くきめの細かいもの、もくが入っていないこと、細かな点のようなものがはっきり入っているものが高級とされます。

自分でデザインした駒の型をもとに切り抜きます。

ブロックを薄く切り出すと驚くほど板が曲がってしまいました。

駒というのは、使用している間に弦に引っ張られて曲がってしまうことがありますが、この材料の取り方はとても曲がりやすい弱い木目の向きになっています。空手の模範演技で板を割ることがありますが、あれと同じ向きですね。連続で何枚も駒が割れたというトラブルを報告してくれた方がいましたが、割れやすいのですね。

空手の板割りをやるときには木目の向き、板の取り方に気を付けてください。さもないと怪我します。


駒は楽器に合わせて加工しなければいけません。足をぴったりと合うように削ります。弦の高さを正しくするために指板との関係で高さを決めます。一般の人が駒だけ買ってきて交換というわけにはいきません。


デザインはこんな感じです。強度的にはごく普通です。やや硬めでしょうか。気に入らなかったら後で穴を大きくして強度を下げることができます。

結果は?

見た目は変わっていませんが音は確かに変わっています。

まず楽器がよく振動してして音量が増大した感じがします。ブビンガ材のテールピースを今回も付けています。それでも黒檀の時以上に全体的に暗くなっています。深みが増していると言えます。

板を薄くすれば音量が増すという簡単なものではなく、同時に音が柔らかくなるということがありますが、バスバーの強度を適切にした結果柔らかくなってはいません。

私が気になっていた明るさはなくなりました。クリアーで弓のタッチも明快に感じられます。古い弓を使えばさらに落ち着いた音になるでしょう。それでいてよく響くようになったと思います。

バスバーは結局2回交換しました。一回目は表板の厚さは変えずに柔らかいバスバーにしたところ音が弱くなってしまいました。2回目は上手くいきました。

あとは人によってどう感じるかですが…・

まとめ

このような改造修理を施せば一回で普通10万円は軽く超えてしまいます。同じ楽器で少しづつ手を加えて何度も変えてテストするというのは現実的に難しくなります。そのため何が正解なのかわかりません。

例えばF1カーの場合、新しい設計で作った車がいきなりレースに出るわけではありません。何度もテストをして細かな変更を加えてようやくレースに出れるのです。市販車の場合でも設計に基づいて組み立てて終わりではなく、開発の段階で調整をして決まった仕様に基づいて量産します。マイナーチェンジなどでも変更されます。弦楽器の場合には完全に同じ音のものが二つとできませんので設計を決めてもまったく同じ音にはなりません。しかし組み上げてから音を調整する工程が無いのです。


一度板を薄くして悪くなったと思っても、元には戻せません。
そのため慎重に行って良くなったけどまだ足りないと思ったらもう一度さらに薄くする必要があるでしょう。どこまでいけるのか恐いところですね。行き過ぎたら戻せないのですから。

バスバーを低くしてしまった場合、音が柔らかすぎると思ったらまた交換しなければいけません。比較のため初めに付けた3本とも同じ木からとった木材です。同じ木を使って同じ寸法にしても音は何となく変わってしまいます。



板を薄くするというのは、作者のオリジナリティを損なうという問題があるので私はあまりやりたいと思いません。有名な作者の楽器で音が気に入らないとなり、調べてみると板が厚すぎたとします。その場合私は板を薄くしようとは思いません。

日本では知名度で楽器を買う傾向が強いので、手抜きで厚く作られた有名な作者の楽器の板を薄く削りなおすという修理の需要はあるようです。ヨーロッパにいるとそういう仕事はまずないので幸せです。日本人でいかに素晴らしい楽器を作っても売れず、できの悪いイタリアの楽器を改造するしか仕事が無いというのは職人にとっても不幸です。

これがチェコやドイツのストラディバリウスと書いてあるような楽器なら大量生産品で骨董品的な価値なんてないですから薄く削ってしまってもいいです。特に戦前のまだ手作業が多かった時代のものには厚すぎるものがたくさんありますが、木も古くなっているので薄くしてあげるとよく鳴ります。こうなると遥に高価なイタリアの楽器よりも音が良いということは現実の話になります。


私の自作の楽器を私が改造するのなら全くオリジナリティを損なうことはありません。使っていただいてる方の好みにしっくりくるように改造することもできます。作者本人から楽器を買うメリットというのは買った後にもあります。職人の方も音を好みに合わせて微調整できるように経験を積む必要があります。

ただ新品の楽器にナイフを入れることにためらってしまうのです。このようなアンティーク塗装の楽器なら傷がついても構いませんから、むしろ修理歴を重ねることでリアリティが増すでしょう。


新品の同じ楽器に何度も変更を加えるということは普通は行われませんが、各部分の違いが音にどのような違いになるのか知るためにとても重要な経験になります。噂話を集めるのではなく手で作業して知識というものは稼ぐものなんですね。


今回は板の厚さとバスバーの強度の関係を知ることができました。
新しい楽器では板が薄くなれば音は暗くなると同時に柔らかくなります。手抜きで作られて厚すぎるものでなければ「板を薄くすれば鳴る」という単純なものではありません。板を薄くした場合にバスバーの強さでバランスを取るということができます。暗い音にしても音が柔らかくなりすぎるという副作用が出ずに済みます。


完成した後に何か月かかけてこのような改造を繰り返すことで楽器を完成に持っていくという手法を導入することはおもしろい試みだと思います。