ヴァイオリン製作を志す人が最初に取り組む基本中の基本のテーマについて紹介しましょう。
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こんにちは、ガリッポです。
私の勤め先にも、中学生高校生くらいの生徒が職業体験で1週間ほど来たり、ヴァイオリン製作学校の学生が研修に来たりします。新入社員も含めて最初に使い方を教える工具があります。
ヴァイオリン製作で最も基本となる工具がこれです。
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これは小型の西洋のカンナで日本の方は見たことが無いかもしれません。今売っているのは左側のものです。右のものは古いタイプで1980年くらいまで作られていたと思います。ベテランの職人なら右のほうが定番ということになります。
中高生なら会社のものを使うわけですが、製作学校の学生や経験者でもまず工房に来たらこの使い方を徹底的に身に付けさせます。
現代のヴァイオリン製作では世界中で基本となる工具なのです。
大量生産の産地で学んだ人などでは使ったことが無いという人もいます。特に大事なのは刃を研ぐことと台を調整することです。それができて初めて使えるようになり、自分の手の延長のように思い通りに使えるようになれば一人前ですね。
使われなくなった手動工具
人類が人類である特徴の一つが「道具を使う」ということにあります。道具がうまく使えるということは人間らしさの一つなのです。発掘で見つかる工具はごく一部だということを考えると何万年も前から工具が使われていたことは間違いありません。文字よりもずっと古いはずです。
木工の工具で最も基本的なものは斧だと考えていいでしょう。斧によって木を切り倒し木材を利用できるのです。丸太を建物などに利用できるでしょう。側面をそぐように削れば角材にもなります。中を彫ることもできなくもありません。
しかし斧ではやりにくいもので、改良されたのがハンドアックスという工具です。これは斧の刃が鍬(くわ)のような向きに取り付けられたものです。これならさらに角材や板を作ることがしやすくなります。丸太を彫り込んで船も作れたでしょう。
ハンドアックスは日本ではチョウナとして使われてきました。しかし20世紀になって全く使われなくなってしまいました。古いお城などを見学するとチョウナで柱や梁を仕上げてあるものがあります。今ではこのような建築はありませんから私が見ると「おお!」となるわけです。
斧やハンドアックスは何万年も前から使われてきて20世紀に消えてしまった道具です。もちろん今でも斧はあってお金持ちが暖炉にくべる薪を割るのに使っているかもしれません。しかし木を伐採するのに斧を使っているなどというのは考えられません。
ヴァイオリン製作を志すときに現代では名器が作られた時代とは工具を巡る環境が大きく違うように思えます。ヴァイオリン職人だけがはるか昔の文明を駆使して生活しているのです。
カンナという道具
ハンドアックスをさらに台に固定したものがカンナという道具で古代には既に存在していました。カンナを使うと板を平らにすることができます。先ほど城はチョウナで仕上げられていると言いましたが、カンナで仕上げるのは高級品なのでした。軍事施設である城はカンナではなくチョウナで仕上げられていたのです。人口の大多数を占める農家の建物もチョウナで仕上げられていたのでしょう。イタリアのルネサンス絵画もポプラなどの板に描かれていましたが、表は平らに仕上げられているのに裏側は荒削りのままです。おそらく表はカンナで仕上げを行い、裏はハンドアックスで加工したままなのでしょう。
古代エジプトの遺産を見ていると木の箱が出てきます。したがって工具が見つかっていなくてもカンナがあったということになります。ピラミッドを建設したくらいですから工具については大変な見識があったことでしょう。石は木よりもずっと加工が大変だからだす。
木の板なんて当たり前のものに思いますが、道具の進歩によってもたらされたものなのです。
現在では電動のノコギリですでに板状になっていて、自動カンナやサンディングマシーンで仕上げればカンナが無くても板が出来上がります。そもそも合板やパーティクルボード、MDFのように木材を工場で人工的に生産するほうが普通かもしれません。木目も印刷されたものが張ってあるだけです。
古代ローマ時代のカンナは出土しています。完全な形に近いものは台が象牙で作られていてそこには鉄の板が張られています。これは大変高価なもので一般的なものではないでしょう。象牙の代わりに木材を使ったものがおそらく普通のものでしょう。木材のものでも底には鉄の板が張られていました。木材の本体に鉄などの金属の底が付けられているものは今でもイギリスなどでインフィルプレーンといって高級品とされています。
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はじめに鉄製のカンナをお見せしましたが、ローマ時代にはすでに台が鉄でできたカンナがあったことになりますから変わったことではありません。
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それに対して日本のカンナはとてもシンプルなもので樫の木に刃を取り付けただけのものです。西洋でも木製のカンナは広く使われてきました。
押して使う西洋のカンナ?
西洋のカンナといえば押して使うもので、日本のカンナは引いて使うものです。理由はいろいろあるでしょう。
そもそもローマ時代のカンナは押しても引いても使えたのではないかと思います。中世のイタリアの絵画にはローマ時代のカンナに似たカンナを引いて使っている絵があります。ルネサンス~バロック期の絵画にも引いて使うカンナが描かれています。
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下の方に置かれているカンナの絵を見ると刃の向きが明らかに引いて使うものです。
現存するカンナとしてよくアンティーク工具ショップで売っている古いものはオランダの造船などに使われたものです。これは押して使うものです。日本にまで来るくらいですから造船の技術が発達していて、様々な用途に合わせてカンナが考案されました。したがって北ヨーロッパで押して使うカンナが広まってイタリアでも後にカンナは押して使うものに変わったのではないかと思います。
ストラディバリの時代には両方あったのではないかと思います。
そういう意味では日本のカンナは古い時代に伝わってそのままの姿をとどめているとも考えられます。
ちなみに日本の船大工の腕は極めて優秀で下田でロシアの帆船が座礁した時に伊豆の船大工たちが西洋式の帆船を作ってロシアに帰ることができたというほどです。
日本のカンナが優れているのは使う場所の自由度が高いことにあります。地べたに置いた木材、胡坐をかいて座って使用する、建物の高いところで使用するなど使用する場所の自由度が高いと考えられます。西洋のカンナは作業台に材料を固定するという状況に適したもので、その場合は体重をかけてとても力強く木材を加工することができます。しかし腰の高さでしか使えません。
そのような使用する環境に合わせてカンナも進化していったと考えられます。日本のカンナは刃の質がとても高く切れ味が大変に鋭いものです。力で削るというよりは軽い力でも削れるように切れ味が異常に研ぎ澄まされたのです。
西洋でもかつては鍛冶屋によって優れた刃が作られていました。現代では日本より先にこれらが失われて今では近代的な工場で生産されるいわば「スチール」の板でしかありません。このため西洋のヴァイオリン職人も日本製の刃物を愛用している人が多くいます。
木工大国アメリカ
ノミや小刀、ノコギリなど日本製の刃物の愛用者は多いのですが、ヴァイオリン職人にとって最も基本のものは小型の西洋のカンナです。
これはもともとレオナルド・ベイリーという工具職人によって19世紀半ばに考案されスタンレー社によって製造されたものです。片手で持って押して使うものです。押して使うので机に向かって作業するには最適です。片手に材料を持って反対の手で使います。ヴァイオリンの指板を削るには最適です。
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ヴァイオリン職人が使用するのは No.9 1/2 という番号のものでブロックプレーンと呼ばれます。もともとNo.9というのは箱型のカンナでそれを小型化して片手で持てるようにしたのが傑作の No.9 1/2 ということができます。これは今でもスタンレー社によって製造されていますが、形は変わっています。左は1960年頃で、右は1900年頃のものです。品質が良いのは古い方です。
ストラディバリのいた時代のイタリアで使われていたこの手のカンナも見たことがありますが、基本的な形は同じで胴体は金属でできていました。これに対してスタンレーのカンナでは刃の出し入れや左右の傾き、刃口の広さなどがねじによって調整できる機構がついているのが特徴です。従来のものはハンマーを使って刃を出したりひっこめたりする必要がありました。
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ここがスライド式になっていて刃口(はぐち)と呼ばれる隙間を調整することができます。
このスタンレーという会社はアメリカの会社のです。
木工について日本の伝統と技術の高さについてはみなさんもご存じでしょう。木造建築が伝統的に盛んだったからです。ヨーロッパでは石やレンガを積んで建物を作るので木材は補助的なものにすぎません。アルプスやスカンジナビア、ルーマニアなど木造建築が盛んな地域もあります。ただ基本的には長い歴史の中で森林が畑に変えられてしまい平地では木材は不足し石やレンガで建物が作られたのです。
それに対して木造建築大国は日本のほかにアメリカがあります。
アメリカも実は木造建築が盛んなところで、かつては広大な森林があり開拓時代に一気に伐採されたため潤沢な木材がありました。スカンジナビア出身の移民たちによって伐採が行われ蒸気機関車によって南部まで運ばれました。この時代にスタンレー社も実用的に優れた木工工具を製品化したのです。
その後イギリスにスタンレー社は工場を作りヨーロッパでも製造されています。しかしヨーロッパ大陸では相変わらず木製のカンナが主流で今でもそうです。
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重要なのはカンナの仕立て
このようなカンナは日本では珍しいものですが、スタンレーのカンナは英語圏の国では一般的なものです。ただし買ってきてすぐに使えるというものではありません。重要なのは仕立てることです。
現代では他にハイエンドといわれる高級カンナもあります。はじめから高い精度で加工されているのでそのままでもそこそこ使えます。
これらの欠点は頑丈に作られているのは良いのですがあまりにも重いのです。したがって本職として使うにはやはり実用的に作られたスタンレーのスタイルのものが一般的です。
経験者などが来たときには「カンナを見せてみろ」と聞くことになり調整ができていないので「こりゃあ、ダメだ」となるのです。ヴァイオリン製作学校の学生ならそれを学んで帰るだけでも価値のある研修になります。
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これはスタンレーの1930~35年の製品で No.9 1/2 のバリエーションで持つところの形状が違うものです。これはナックルジョイントレバーキャップといってユニークなもので No.18 です。1950年に製造が打ち切られました。
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凝った機構のものでこれで刃を固定することができます。
このタイプのナックルジョイントレバーキャップはおよそ100年前に考案されたものですが現代のパソコンで使うマウスに似ていませんか?
ストラディバリの時代のものはこれが木でできていました。刃を抑えるくさびと持つところが一体になっているのです。
スタンレーのこれらのカンナは1910年代くらいのものはそれ以前にくらべて底が少し補強されています。基本的にはこの時代のもので機能は最高レベルにあると言えるでしょう。この後はどちらかというとコストダウンが行われていきます。世界恐慌の1930年代から品質が右肩下がりになり、戦後は電動工具の普及により使われなくなったことで更なる品質の低下が進み現在に至ります。
私が古いものを使う理由は新しい製品への不満からきているわけです。同業者なら共感する人も少なくないでしょう。1910~30年代くらいのものを黄金時代として愛好家の間では人気があります。
とは言っても愛好家なんて少ないですからただのガラクタに過ぎません。新品と値段は変わりません。
古いものは狂っていたりするのでそのまま使うことはできません。
カンナは新品でも古いものでも仕立てということが必要になります。
クリーニングから
古いものなので汚くなっています。ある程度汚いほうが遊べて楽しいのです。コンディションが良く未使用のようなものはコレクションとして保管しておきましょう。仕事で使いますからやりたい放題できる汚いものが良いです。しかし摩耗などの問題がありますからあまりひどいのも避けたほうが良いです。したがって重箱の隅をつつくようにコンディションの良いものを探す必要はないです。錆び取りです。
錆び取りといっても赤さびが浮いているようなことはありません。
ひどい錆というのは使われずに倉庫などに眠っていたものに多いです。今回は黒ずみを取るだけです。虫歯のように腐食してしまったところは元に戻すことはできません。
錆び取り溶液につけます。
クエン酸のような弱い酸でもいいです。長時間強い酸につけると酸に侵されてしまいます。
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この後は水気をよく取って乾かしてブラシなどでこすれば錆が取れます。
レバーキャップはニッケルのメッキが施されています。
耐用年数は数十年ですからメッキが剥げて残っているのは20%くらいです。
メッキをやり直すのは個人では難しいのかなと思うわけです。
こんな製品があります。
https://www.higasi-osaka.com/mekki-koubou-senyou.htm
理科の実験教材みたいで面白いですね。使えるのでしょうか。
メッキは金蔵の溶液に物体を入れ電気を流して物体に金属の被膜を付ける技術です。
それを家庭でできるようにした製品です。
金属部品の表面にニッケルが付着するだけですから表面に凹凸があるとそのままニッケルが付着して凹凸のままになります。メッキの光沢を出したければ下地がなめらかになっている必要があります。細かな凹凸があると光が乱反射するので曇って見えるのです。
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まず下地を磨きます。傷がたくさんついてたので耐水ペーパーを荒い方から順にかけていって最後歯磨き粉(コンパウド)までかければ光沢が出てきます。残っている昔のメッキは削り落としてしまいます。
これでニッケルメッキの準備ができたわけです。
・・・・もうこれで良いような気もします。
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まず、脱脂液というもので濡らして電気を流します。手の油などがあればメッキがつかないのです。したがって研磨する作業もずっと素手では触らないようにしました。
そのあとメッキ液で濡らして電気を流します。泡が出ながら少し独特なにおいがします。見た目は下地と同じ色なのでメッキができているのかよくわかりません。でもしつこくやっていると何となく層ができているように思えます。
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メッキが完了しました。・・・・違いが分かりませんがこれでメッキができているようです。腐食などにはずっと強いと思います。どれくらいの耐久性があるのか長期間使用して試してみましょう。
仕立て
細かく加工しなおすと良いところはありますが省略します。![](https://stat.ameba.jp/user_images/20160416/21/idealtone/ca/5e/j/o0640048013621901494.jpg?caw=800)
刃の当たる部分を仕上げます。特に両隅に引っかかるところがあるとカンナの刃が左右にうまく動かなくなります。
一番大事なのはカンナの底を理想的な状態にすることです。
まずはめちゃくちゃになっているので平らにします。
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平面研磨機のような機械でもできますが、手作業でやすりを使って平面にすることができます。このような作業は面白いもので機械でやるのはもったいないですね。マラソン選手に「タクシーに乗ったほうが楽だよ」と言うようものです。同僚など誰からも理解されませんが…逆に聞きたいですね、なんで職人になったのか?
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やすりの特性と使い方のコツが分かってくると以前は全く歯が立たなかったものがザクザク削れるようになって楽しいものです。
アメリカをはじめ世界中で一般的なやり方は平らな板の上にサンドペーパーを敷いてその上でカンナをごしごしとやる方法です。私も初めはその方法でやりましたが、思ったような結果は得られませんでした。はっきり言ってダメダメです。
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私が提唱するのは完全に平面にするのではなく図のようにAとEのところが少し浮くようにします。図では大袈裟に描いてありますがほんのわずかです。以前、完全な平面を目指して苦闘したことあります。悪くはないですが、3年も経った現在では狂っています。このカンナは刃を締め付けることによって力がかかり歪みます。実際の使用でも力がかかり微妙な変形をしているでしょう。したがって完全に平面でなくてもカンナの機能に必要な部分だけが接地するようにしておけば多少の狂いがあっても大丈夫なのです。
西洋でのカンナの調整法は底面を平面にすることが理想とされています。日本では必要な個所だけが接地するようにします。日本のカンナは木製ですから小さな面積はすぐに擦れてしまいますし、たわんだり曲がったりするのでまめに調整が必要です。
私は日本のカンナの調整法を西洋のカンナに施す方法を研究してきました。これで理想通り機能します。加工は大変ですが鉄製なので狂いやたわみが少ないのです。
Bの地点は絶対に接地している必要があり、切れ味に直結します。AとBの間はくぼませておきます、ここが接地するとBが浮くからです。サンドペーパー上でごしごしやるとAとBの中間が出てきます。だからダメなのです。刃が木まで届かなくなります。AとEを浮かせるのは全体としてわずかに掘れるようにするためです。指板ではこのように削れなくてはいけません。カンナの調整がうまくいっていれば指板を削るのは半ば自動的にできます。指板の仕上がりはカンナの調整にかかっているとも言えます。最低の削る量で仕上げることができれば指板の耐用年数が伸びます。
したがって、完全な平面にたいしてBCDが接地していることになります。Cは浮いていてもいいように思いますが接地していると刃が食い込むことが軽減されるようです。
材料が小さく不安定なものを削ることが多いのでカンナをこのように調整しておくと使い勝手がいいのです。
やすりで削った後、様々なダイヤモンド砥石や油砥石などを使って仕上げていきます。それぞれ削れ方に癖があるので交互に使うことで理想に加工できます。特に横方向を真っ直ぐにするのが肝心です。
刃を研ぐこと
刃を研ぐというのは職人にとってとても重要なことで、文明の栄えた国ならどこでも研究されてきたことです。各国に有名な砥石の産地があり武器から工具、包丁、農具、裁縫までさまざまな分野で刃を研ぐということが行われてきました。磨製石器の時から今日に至るまでずっと重要なテーマでした。特に日本という国はとてもこだわりを持っていて、かつては一般の人も剃刀を研いでいたようです。カミソリを研ぐのは大変に難しいものです。石器時代から続いてきた刃物を研ぐということが生活の中から我々の時代になって急に忘れ去られてしまったのです。
したがって木工をたしなむ人でも刃物を研ぐ人となるとかなり本格派ということになりますし、今や大工さんでも刃物を研ぐことが無く仕事ができるようになりました。ホームセンターに行っても研がなくてはいけない刃物はほこりをかぶっています。
ヨーロッパでも急速に砥石離れが進み、プロの木工職人でもうまく刃が砥げる人は少数です。それに比べるとまだ日本のほうが刃を研ぐ名人というのは残っているということで優れた人造砥石なども開発されています。
こちらのヴァイオリン製作学校でも日本製の人造砥石を使って教えています。
それでも刃を研ぐのはとても難しいもので学生くらいではうまくいきません。職人になって10年経ってもさらに研究を続ければ進歩があるのです。
昔のイタリアのヴァイオリン製作について書かれた書物にも、とにかく刃物を鋭くすることが重要だと書かれています。
刃物を正しい角度で砥石に当てることが重要です。手元がグラついたらダメです。
そのほかにも気を使うことがたくさんあります。
実用性ということも重要です。装飾用の日本刀では実用性は無視していいわけですが(人を斬ってはいけません)実用性ということは耐久性と切れ味との妥協点ということがあります。刃先を鋭くしすぎると刃が細かく欠けてしまうことがおきます。材料に切り込んでいくときの刃の入れ方と刃の研ぎ方があっている必要があると思います。
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私が主につかっているのが右側の中砥石で日本のメーカーの最新のセラミック砥石というものです。砥石というのは研いでいるとだんだん真ん中がへこんでいきます。これは従来の一般的なものに比べて硬めで減りにくくかといって硬すぎず、粒子がとても丈夫で硬い刃に食いつき負けないものです。したがって早く研ぎあがり刃先はミクロレベルでギザギザになっていると思われます。粒子が崩れないからです。材料に刃を入れるときはやや斜めに入れていけばザックリと切ることができます。
左側は仕上げ砥石で京都産のものです。これも実用的に優れたもので硬すぎず柔らかすぎず実用的な刃物を研ぐにはちょうどいいもので研磨力も強いものです。
使う砥石の種類など一つ試すのに一年とかかけています。
詳しくは省略しましょう。
スタンレーのこのカンナには日本製の替え刃がありました。(製造終了)
私は日本製のものを使っています。日本のカンナの良いものにはかないませんが純正のものに比べれば丈夫でも研ぎやすく切れ味が持続するものです。
完成です
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新品のようにきれいになりました。1930年代に作られたとは思えないですね。切れ味も素晴らしいです。
専門的な内容になりましたが面白いものでしょう?
実際の楽器で違いを見てみましょう。
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こちらはイタリアの現代のチェロのネックですが、胴体と取り付ける部分がカンナではなく木工やすりで仕上げられています。ひっかき傷が残っています。
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直線定規を当ててみるとこのありさまです。直線とは程遠いですね。ここは接着面ですから完全な平面同士なら確実に接着ができます。木口(こぐち)といってカンナをかけるのが難しい面です。カンナが調整できていなければ刃が立ちません。
こんないい加減な仕事でネックの角度をきっちりと設計通りにできるのでしょうか?接着面が不安定ならネックの角度(=駒の高さ)はアバウトだったと考えられます。
これを先ほど完成したカンナで仕上げるとこのようになります。
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まず面がきれいですね。
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直線定規を当てても完璧です。ほんのわずかにくぼんでいると接着するときに吸盤のように吸い付きます。
同じ作業でも調整がうまくいっているカンナなら早く確実にできます。気持ちのいいものです。もちろん職人は一人一人自分のスタイルがありますから、私からは考えられないような道具でうまく加工する人もいます。
カンナマニアが必ずしも音が良い楽器を作るというわけではありませんが、基本的なスキルと理解していただきたいと思います。カンナもかけられないような職人の楽器はそうでないものに比べて修理歴が多いように思います。品質の違いはこういうところにあるのです。職人から見て高価なイタリアの楽器の品質が低いというのはこういうことです。
下手な職人ほどやすりを使いたがります。実はやすりというのはとても難しい道具でそれできっちり平面を出すのは至難の業なのです。
やすりの使い方を理解するには金属加工を勉強すると良いでしょう。
うまく使いこなしてカンナの底を削ることによってうまく調整することができるのです。
工具の整備ができたところでいよいよヴァイオリンを作っていきます。