気楽にストラディバリを楽しむ【第5回】ストラドコピー2014 モデル選び | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

弦楽器業界では、思い込みの激しい専門家の方が多く見られます。
たとえ詳細で豊富な知識を持っていても、このような人に影響されてはいけません。

弦楽器を理解するうえで重要なのは、たくさん知っているのではなく「思い込みが少ない」ことです。


これを心がけて、私が実際にストラディバリの複製を作りながらポイントを紹介していきます。

まずは、複製のもとにするヴァイオリンを選ぶことからです。



▽ 気楽にストラディバリを味わう ▽

ブラインドテストで低い評価を受けるのがしばしばのストラディバリウス。
「そんなもの研究しても意味ないじゃん?」と頭の良い人は指摘するでしょう。
そう固いことを言わず、何億円もかけずにストラディバリを味わって楽しんではいかかでしょうか?



こんにちは、ヨーロッパの弦楽器店で働いているガリッポです。


気楽にストラディバリを楽しむの第2回で今回のプロジェクトを発表しました。
http://ameblo.jp/idealtone/entry-11840744471.html
ストラディバリの複製を作りながら、よく見てストラディバリの癖や味を紹介します。


思い込みを捨てる

その前に私の弦楽器についての考え方をもう一度まとめます。

①天才神話の否定
②致命的と言えるほどの欠点が無ければ何でもいい
③音を良くするというトンデモ理論にとらわれない
④適正価格かどうか

私の考え方は「いかに思い込みを捨てるか?」ということに重点が置かれていることが独特です。


弦楽器は作るのにとても手間暇がかかるので、世の中に出回っている楽器は粗悪なものがほとんどです。別に天才でなくても、音を良くする秘密のテクニックが無くても、ちゃんと修行してまともに作っておけば、有名な作者でなくても十分良い音がする可能性はあります。無名な作者の良品なら有名な作者と同等のものが数分の一の値段で買うことができます。言い換えると有名なほど実力は値段ほどではないということになります。良くできた楽器とはいえ音は様々ですから、後は試しに弾いて気に入ったものを選ぶしかありません。

名器も作られた当初は平凡な楽器で、長い年数大事に手入れをしながら使い続けて行くことで名器に育っていくのです。


冒頭の「思い込みの激しい専門家」の話は、同業者の仲間ではあるあるネタとして皆心当たりがあります。困ったことに偉い立場で専門家としてお客さんに説教してしまっていて、洗脳されない賢い若い職人は文句が言えなくてストレスがたまってけんか別れする悲劇も起きています。

皆さんの働いている業界でもそういう人はいますでしょうか?


センスのいい演奏者なら、知識なんてなくても余計なことは気にしないで、ただ予算内で試演奏して気に入ったものを選んでいて良い音を出しているものです。

個性豊かな複製品と没個性なオリジナル作品

私は、自分でデザインしたモデルの楽器を作るのも楽しいですが、古い楽器を再現するのも大変楽しんでいます。

現代の楽器作りはマニュアル化されているので自分のオリジナルとして作られた楽器のほうがどれも似たような没個性になっていて、複製のほうが人により違いが出るという皮肉なことになっています。
現代の常識を打ち破るには、全くの独学か、現代の常識ができるより前の楽器を研究するのが有効だと思います。
ただし、独学では安価な大量生産品と同レベルまで行くのがやっとでしょう。


私は芸術家(現代的な意味で)ではなく職人なので、「独自性」にそんなにこだわっていません。良質な楽器であれば、独自の作品でも複製でもどちらにも価値があると思っています。またマニュアル化された個性のない楽器でも良質なものは素晴らしいと思っています。値段に見合っているかどうかだけの話です。


業界としても、複製の名人は高く評価されていますし、現代の有名な職人もストラディバリの型をそのまま作っていたりします、特定の楽器を売りたい業者が嫌うだけです。

在庫がなくなったら補充するというだけで、現在すべての複製のヴァイオリンが売れてしまったので今回作ることになりました。

できれば日本の皆さんにも試していただきたいと考えています、アンティーク塗装なら多少傷がついたり汚れたりしてもかまわないので、そういう目的にも合っていると思います。
購入後の返品・返金に応じることもできますし、メンテナンスの費用も安く上がります。

資料について

私もストラディバリを見たことは何度もありますが、さすがに何か月も手元に置いて複製を作るというのは難しいです。現物が手元にあっても保存状態が理想的でなかったり、複製として作った場合に新品として音が良い物とは限りません。作業している横に置くのも恐ろしいです。

どなたかストラディバリを持っている人がいたら貸してください。


幸いストラディバリに関してはその人気の高さから入手可能な資料がたくさんあります。
本やポスターで実物大の写真や図面を入手することができます。

有名なのはイギリスの雑誌『The Strad』のポスターで、以前はその名前に反してストラディバリのポスターが少なかったのですが、近年多く出版されています。
しかし、このポスターを使用して楽器を作る人が多いので、かぶってしまうことが多いです。コンピュータに取り込んだ工作機械で大量生産にも用いられます。


今までに出版されているもので写真のクオリティと圧倒的な量に優れているのが、ドイツの Jost Thöne著『Antonius Stradiuarius』(2010年)です。この本は4巻セットで150ほどのストラディバリのヴァイオリン、ビオラ、チェロが掲載されています。
https://https://violinbooks.com/index.php?cPath=27&MODsid=gdgmto8ibum9as0k5kaeic2ps5
値段が2000ユーロ(約28万円)とかなり高いですが、圧倒的な量を誇ります。

さらに2014年秋にさらに5~8巻の4巻が2500ユーロで発売になります。


私も購入しましたが本で28万円とはふざけた値段です、ビジネスのうまさにしてやられました。5~8巻も予約してしまいました。

次にはグァルネリの本でも3000ユーロとかで出すのでしょうか?
そうなるとずっと搾り取られます・・・・


とはいえ、この本のおもしろいところは、とても多くのストラディバリの実物大の楽器が載っていて名品ばかりをセレクトしていないので「ストラディバリってこの程度なの?」とか「大量生産品と変わらないんじゃないの?」というようなものまで載っているところです。

もちろん大量生産品がストラディバリを真似しているのですが、パッと見ると大量生産品にありそうな雰囲気のものがあったりして面白いです。

「普段着のストラディバリ」といったところでしょうか?

作るモデルを選択する基準

先ほどの本には大量のストラディバリが載っているので選ぶのが大変です。
お手本なんてなくても私は楽器を作れるので、初めにこういう構造の楽器を作りたいというイメージがあってそれに合ったものを選ぶという感じです。今回のように作者を決めないで作りたい構造をはじめに決めてそれにあった作者の古い楽器を探すということもあります。

今回の基準としては
①ストラディバリらしい黄金期の作品であること
②小型であること
③似たような木材のストックがあるもしくは入手できること
④美しい古び方をしていること
⑤アーチがやや高めであること
⑥厚みなどデータがそろっていること
⑦整いすぎていないこと

それぞれ見ていきます。

①ストラディバリらしい黄金期の作品であること
例えばアマティの研究をしていた時期なら、「アマティ的なストラディバリ」というのが面白いです、今回はアマティのコピーをたくさん作ってきた私ではありますが、アマティーっぽさは自然と出てくるのでことさらに強調しません。

②小型であること
ストラディバリの裏板の長さ(胴長)が358mm程度のものが結構あって、摩耗してすり減っている分を足せば360mm位になります。フランスのストラディバリモデルほどデカくありませんが、ヨーロッパ向けなら問題なくても日本の人が使うには小さいモデルのほうがベターでしょう。

ちょっと小さいだけですけども354mmのものがあって「P」というマークが入った内枠を使って作ったそうです。

まあ、その気になればサイズを縮小して作ればいいだけの話ですけどね。

③似たような木材のストックがある、もしくは入手できること
これもコピーを作る上では重要です。ヴィヨームなんかは全然違う木で作ったりしていますが・・写実性にこだわるのなら似たような木だと雰囲気が出ます。

④美しい古び方をしていること
摩耗やニスのはげ方や汚れ具合など古くなっていく様子も、一台一台まるで違っていて何となく趣のあるものとただ汚いものがあります。安価な量産品や並の職人のアンティーク塗装では、ワンパターンの古めかしさで、実際の楽器を観察していないのがよくわかります。
写実的な絵画のようなもので、楽器をよく見ることが大事です。そうでないと漫画のように実際とはかけ離れたものになってしまいます。

リアリズムとはいえ、趣があるようなものを選ぶのもセンスですし、実際それができる目の良さとニスを作る能力、もちろん手わざも重要で、技量を存分に生かせるものを選びます。


⑤アーチがやや高めであること
今回はやや高めのアーチにしてみたいと思っています。
平均的なアーチだと音にキャラクターがなく平凡な音になってしまいます。しっかりキャラクターを持たせるには高いか低いかどっちかです。響きは押さえられ表現の柔軟性は制限されますが、音が明快に聞こえて発音も良く感じます。


⑥厚みなどデータがそろっていること
多角的なデータがそろっていると良いのですが、以上のようなすべての条件を満たすことはまれです。ストラディバリ以外の作者の場合さらに資料を確保をするのが難しく、データや写真の質が悪くても想像で補う必要があります。

この辺も複製を作ると言っても作者の技量が問われる部分です。


⑦整いすぎていないこと
今回最も面白いのはこれでしょう。

普通はストラディバリの資料を集めて、できるだけ立派な感じで完璧に違いストラディバリを探すわけです。
私の場合には敢えて、適度にいびつだったり頼りない雰囲気でつじつまもあっていないようなものを選びます。

というのは、整いすぎたものだとフランスの楽器やアンティーク塗装しただけの現代の楽器に見えてしまい、ストラディバリの雰囲気が出ません。

そういう楽器のほうが味があります。

選んだのがこれ

選んだ楽器がこれと紹介したいところですが、著作権とかどうなんでしょう?詳しい人がいたら教えてほしいものです。

1709年作のHämmerleというものです。
これはオーストリアのウーストライヒシェン・ナティオナルバンクが所有しているもので、ウィーンの音楽家に貸しているようです。

演奏の様子がこれです。


youtubeで見る
先日ウィーンに行っていたから選んだというわけではありませんが、ウーストライヒシェン・ナティオナルバンクのコレクションの本も持っているので資料も充実しています。

同じ年のほかの楽器の資料もありますし、いろいろなものを駆使してやっていきます。


ポイントは「正確にアバウトに作る」

オールド楽器の複製を作るうえで重要なのは、「正確にアバウトに作る」だと考えています。

オールド楽器の多くは我々職人の間で、近現代良しとされている優秀な職人に比べると多かれ少なかれアバウトに適当に、いい加減に作られています。
現代の優秀な職人が現代の常識で作ると仕事がきれいで正確すぎるので、現代の楽器に見えてしまいます。

じゃあただアバウトに適当に作ればそっくりになるかというと、違うアバウトさになってしまいます。

それが一番難しいところです。


素人目には優秀ではない単に腕の悪い職人とオールド楽器の見分けがつかないので、ニセラベルを張った怪しげな楽器が出回っています。怪しげな業者は、そういう楽器を見せながらニヤニヤしながら多くを語らずに取引をしようとします。「これはニセモノだけど騙して売れますよ。」という意味で、口には出さなくても分かる同じことをたくらんでいる業者に売るのです。



ストラディバリの場合には、よく研究されているし表板の年輪を調べることで木材の産地と時代を調べることができます。したがって、まともな業者なら複製を本物として売ることはあり得ません。それ以前にいくら複製の名人が作った楽器でも本物と見分けがつかないような業者は「辞めてしまえ」と思います。

私がコピーを作るのは200年以上前の楽器に限っています。
というのは現代のイタリアの楽器などでは、本当に同じものが作れてしまうからです。


話がそれましたが、現代的な基準で精巧に優れた楽器を作れない未熟な作者がそれじゃあということで舐めてかかって安易にアンティーク仕上げの楽器を作ることが多いのですが、とんでもないです。

ほんとうに素晴らしい複製を作ろうとすると、その難しさは同等かそれ以上で、複製の名人なら現代的な楽器も高い水準で作ることができます。

ストラディバリの複製が特に難しいのは、並の腕前の職人からするととても精巧で高い水準に作られているように見えて、腕の良い職人からはアバウトでいびつな甘い精度に見えることです。

その人の技能の高さによって真逆に見えるのです。


じゃあ「ストラディバリは現代の優秀な職人より下手くそか?」と言うと、当時はライバルもいなくて、別に勝つために誰かと張り合っていたわけではないので自分の好きなように作っていただけです。

その「好きなように作っていた」ところがストラディバリの味わいだと思います。
そうなると完璧ではない普段着のストラディバリが面白いんですよ。
もちろん息子や弟子が作ったかもしれません、それも含めてストラディバリを楽しんでしまいましょう。


最後に勘違いしないように言っておきますが、ストラディバリをより理解したところで特別音が良いものができるわけではありません。音のキャラクターは違っても好みの問題で現代のマニュアルで作られた楽器もたいへん優れたものです、それから腕の良くない職人の楽器のほうが音が良いこともよくあります。