弦楽器の知識 超基礎編【第8回】チェロの超基礎 | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

残念ながら、チェロはお金がかかります。
それはなぜなのか、楽器の作りから理解を深めて余計な出費を払わなくて済めば幸いです。

ヴァイオリンとも比べていきますので、ビオラも含め他の楽器についても理解が深まると思います。

こんにちは、ガリッポです。

チェロについてその大きな特徴をまず二つ頭に置くことでいろいろなことが見えてきます。

①大きい
②板が薄い

この二つがとても大事です。

①大きいこと

大きいことによって何が生じるか理解しようというチャレンジです。

1.製造コストが高い=値段が高い
一般にチェロの値段は同じくらいのグレードのヴァイオリンの2倍といわれています。

しかし製造にかかるコストは材料が5~10倍くらい、作業時間が4倍といわれています。
私は4倍でも甘い見積もりだと思います。

粗雑なものを除いて高品質なハンドメイドのヴァイオリンが100~150万円くらいだとすると、チェロは300万円くらいは頂かないと暮らしていけません。
本来製造コストからすると500万円くらいしないとおかしいわけです。

ギリギリまで我慢した300万円でもかなり高価です。

そのうえ、手作業で高い完成度で作ったら5~6か月くらいかかってしまいます。

腕が良くてお金に余裕があって暇な職人ってそんなにいるのでしょうか?

というわけで、本当に質の良いチェロは職人のごく親しい人にしか作らないことになってしまいます。


そこで実際は何らかの手抜きを行うわけです。
粗雑に作る、機械を使う、ニスをスプレーで塗る、弟子に作らせる、工場で途中まで作ったものを買い上げて仕上げるなど。
現実に見かけるのはそのような残念なものが多いわけです。


2.持ち運びに不便
当然ヴァイオリンに比べ大きなチェロは持ち運びに不便です。
大きなケースとなると重量も重くなるので、軽く作るには高価な素材を必要とします。
したがってケースの値段もバイオリンよりずっと高くなります。

また航空会社によってはとても運賃が高くつくこともあります。


3.付属品や消耗品も高価
ケースだけでなく、弓や弦、駒や指板の加工、オーバーホールの修理もなにもかも高くつきます。
特にアジャスター付のテールピースで木製で品質の良いものとなるとそれだけで数万円とか、それでも品質の良いものはなくて私たちにとっても悩みの種です。

②板が薄い

これも大変な問題を引き起こします。

チェロは低い音を出やすくするため、その大きさと比べ板がずっと薄くなっています。
これは、壊れやすく、また歪みや狂いが生じやすいことを意味します。

・大きいのでぶつけてしまったり、床に置いたりすると自分の重さで傷んでしまったり、ダメージを受けやすい
・また天然の木材のなので予測不可能なヒビが入ることも多い
・弦の圧力や気候の変動などでも狂いが生じやすい

同じ故障や経年変化でもヴァイオリンに比べると修理の作業や材料代が高いため修理代もずっと高くなってしまいます。

中古品の恐ろしさ

新品のチェロが高いのは説明しましたが、中古品が安く手に入ることがあるかもしれません。
しかし、これはとても危険です。

チェロは痛みやすいうえに、高い修理代のため手入れがされていないままになっていることが多いです。
安心してまともに演奏できるようにするには大変お金がかかる場合があります。

たとえば表板20万円、横板20万円、裏板20万円、ネック30万円、消耗部品の交換10万円というふうにすぐに100万円いってしまいます。
一番厄介なのは、過去にずさんな修理がされたもので、これを直すのは骨が折れます。
そうなるともっとお金がかかってしまいます。

素人目には壊れていないように見えても、上手く音が出ない楽器では音を出す練習ができません。

チェロの裏板はほとんどの場合2枚の板を真ん中で張り合わせていますが、100年くらいたったチェロはかなりの確率で継ぎ目が開いてしまっています。
ネックは弦の張力で引っ張られで角度が変わってしまうので数十年に一回は修理が必要ですが、ちゃんと直すとこれが安くないのです。

私の勤める工房でも、中古のチェロを買って修理代が楽器の値段以上かかったということは年に何回もあります。

中古のチェロを購入する場合は必ず完全に修理されている状態、または修理代を差し引いた値段で購入するべきです。
知り合いの演奏家などから買う場合、腕がよく正直者の職人に見せて修理代を見積もってもらってそれから購入を決めたほうが良いでしょう。
業者の場合でも、経営者が技術をちゃんとわかっていてその上正直であることが重要になります。

また、ボディストップの長さや弦の長さが正しくないものが多く上級者でも演奏が困難なものが多いのも問題です。
コントラバスとチェロだけを作る工場が昔はあったのですが、こういう工場はどうしても大雑把になりがちです。

ヴァイオリンとチェロの構造の違い

お金の問題はさておき、ここからは楽器の構造について見ていきましょう。

弦楽器は外骨格でできているので、大きさが小さいほど強固で大きいほど柔軟になります。
例えば、子供用のヴァイオリンなどは圧倒的に柔軟性が無さすぎるのでゆったりとした音が出ないわけです。
子供用のヴァイオリンの板をギリギリまで薄く作れば、おそらく音響的には一般的なものよりはるかに良いものとなるでしょう。
しかし、子供が使うものですから衝撃ですぐに壊れてしまうものはいただけませんし、何よりハンドメイドで作った場合、大人用と手間が変わらないので値段もほとんど変わらないと言ってもいいでしょう。

このようにヴァイオリンのように小さな楽器は構造的に強固になっています。
200年以上前のオールドヴァイオリンは、古くなって表板はもちろんあらゆるところがふにゃふにゃになっていますので、良いものは音や表現に「かたさ」によるリミットを感じず、のびのびとした音が出てソリストに愛用されているわけです。
表板がぱっくり割れて修理をしても音が悪くなることがなく、むしろ良くなったりするのも小さい楽器はもともと強度が高いことにあって痛んで柔軟性を増すことも時としてプラスに作用すると考えられます。


ところが大きな楽器の場合、時として強度が不足しすぎて強い音が出ない問題が生じます。
古すぎる、痛みすぎていることで音が悪くなることも起きやすいのです。
柔軟性が高いことが必ずしもプラスにならないということです。

200年くらい前のコントラバスの表板を新しく作り直す修理をしたことがありますが、痛んだ表板を修理して使い続けるより新しい表板のほうがずっと音が良かったです。
ヴァイオリン一台分くらいの値段になりましたが…

したがって、チェロの場合は、新しく作ったり修理する場合、強度が良いバランスになるように加減しなくてはいけません。

逆に言うとこれがうまくいけば新しい楽器でもヴァイオリンほど古い楽器に比べて不利ではなく、状態や作りの悪いものなら新しいほうが良いということも起きやすいわけです。


しかし残念なことにまともに作ると値段が高いので先ほどの話のように、粗雑な手抜きチェロばかりが作られています。
大量生産品の多くは硬すぎて耳障りな音がする場合が多いです。

耳障りな音のチェロには、ラーセンというデンマークの弦メーカーの高級弦が最もやわらかい音にできます。
しかし、ラーセンは短い寿命に設計されているためお金がかかってしまいます。

強度がうまくいけば耳障りな音にならないので、私は製作でも修理でもラーセンを使わなくても良いチェロを目指しています。

ウルフトーン

多くのチェロではウルフトーンといわれる現象が起きます。
ビオラやヴァイオリンでもまれに起きます。

これは、特定の音程でビブラートをかけたように音が震える現象です。

詳しい説明は避けますが、楽器の良し悪しや値段とウルフトーンの出方とは関係がないと思ってよいでしょう。
安価な楽器にでも、高価な楽器にでも発生します。
ウルフトーンが目立たない楽器もありますが、これも値段と関係がありません。
したがって不良品や欠陥品というわけではありません。

あまりにも音が出ない楽器ではウルフトーンが弱くなりますが、だからといってこれが出るから「音が良いチェロ」と断言することもできません。

軽度の場合は気にしないのが一番ですが、ひどい場合には小さな重りを適切な場所につけて軽減することができます。

まとめ

チェロはヴァイオリンに比べて
①値段が高い
②壊れやすい
③修理代が高い
④アクセサリが高い
と高いづくしです。
したがってあらかじめ覚悟したうえで、「安物買いの銭失い」にならないよう欲をかきすぎず賢くリスクを抑えて手堅い選択をしていくことが重要かと思います。


私も、良いチェロを機械など使わずに安価でかつ高品質で作れるように研究をしていきます。
音の研究はもちろん広い面積を短時間で塗れるニスの開発、大きな工具の調整など地味な作業をしていますよ。

たとえ正当な事情があっても安いチェロを作るために粗雑なものを作ってしまうと、後世の人たちはそんな事情なんて知りませんから、作者の評価が下がってしまうのでできません。
何より職人のクラフトマンシップが許さないわけですが・・

チェロを作るには多少広いスペースがいりますが、都会の一等地に工房を借りれば5か月分くらいの家賃がそのままチェロの値段に上乗せされてしまうわけです。

ネット時代なので地方で土地を買って製造直売で何とかできないかと考えています。
ご期待ください。



というわけで、チェロについてでしたが、私の勤め先ではチェロのお客さんが異常に多いです。
お金にならないチェロをやりたがらない人が多いせいか、バカ正直に仕事をしすぎなのか、まあその両方なんでしょうね。