あることがきっかけで多少アクティブになる時がある。今それ。

ネガティブ的な心持ちになったときアクティブになる。今それ。
何故だか知らないが、心の空白を何とかして何かで埋めようとしているのだろう。今それ。
熱が冷めないまま行動するべき。けれど自分の場合は過去の経験上冷静になることが必要になってくる。何故か。過去に急に丸坊主にしたり、大切なものを捨てたりと結果的に無駄なことをしでかしがちなわけです。

しかし、冷静になってしまうと本当に熱が冷めてしまうわけなんだな。
中庸、バランスってホントに必要だーね。


ごめちょふ。
冷静に考えるとごめちょふの汚さが異常に思えて仕方がない。まぁあいさつみたいなもんだしね。
おはようみたいなもんでしょ。
そうそう、おはようといえば幼なじみに言われたちょっとどうなの?それと思う発言。
お前がおはようっていうとそれだけで卑猥に聞こえる。

…どういうこと!?マジで。
理解不能。
とにかく、あいさつしただけで卑猥ってさ、もうどうすればいいわけ?冗談半分って、残りの半分はガチなわけ?

まぁそれは置いといてと。
とりあえずテストだるー。


ごめちょふ。
何かに一生懸命になっている人がうらやましい。
自分は物凄く中途半端で、これはネガティブじゃないと意識しているけど、端から見れば実際ネガティブなのかもしれない。ただ、そこは結構問題ではなくて、バイタリティに行きたいのにいけないのがね、どうも。まず目の前の事を、そして何事にも一生懸命にこなす。そこから何かが見えてくるのかもしれないが、そうできない。ある一定のプロセスを踏んでこそ見えてくる物事がある事への否定が自分の中にある。これは青年期の葛藤という名の逃避、幼稚な発想かもしれない。けれどA→B→Cの過程を飛ばしてA→Cに行きたい。そんな甘い考えを未だに持っている。行動を起こし結果を得ようともしない。行動への動機づけを理想化するばかりで、物事の根本が見えていないのかもしれない。ただひたすら現状に甘えて、それでいて現状に満足していない。典型的な頭でっかちタイプ。 打破しなければとは思いつつそうしない。
終いにはこの類の自己分析から目を背け、あるがままを貫こうとする。そしてあるがままと怠惰を混同し、だらしなく日々を無為に過ごす。そしてあるがままが惰性に変化したことにすら気がつかない。考える事から逃れて、その結果として、無謀な行動が多くなることもない。人間的な営みを閉じ、ただ動物的に日々を過ごす。しかしそこには明確な本能は存在しない。人間的である事に固執する部分だけはそのままであとは放り投げてしまう。どうする事も出来ないまま、具体的な解決策も見いださず怠惰の虫に時間を食われる。人と違うことに何かを見いだそうとする一方人と同じようにありたいと願う。世俗から離れた存在でありたいと願いつつ、世間に、社会にどっぷりと浸かっている。何もかも半端。自分の周りを雑草とみなす、雑草。ただ自分だけが光合成できれば良いというエゴの塊。他者への愛に溢れていると勘違いするナルシスト。イメージの強さを尊重しない非現実主義者。アクセルとブレーキの位置がわからないままクラッチを踏みギアを変えようとばかりする。全身境が大好きなあまのじゃく。生物界のオスをメスだと思い込んでいる、学者きどりの素人。

ごめちょふ。
てかやばくね?
終わるよ夏が。
あー7月入ったーってもう12日じゃん!。まじファック!


そんなことよりまずはテスト、いや単位をしっかりね。


ごめちょふ。

果たして自分は何に興味があるのか。
具体性の解明に向けて努力してないから、本当は探す気すらないのかもしれないという不安さえ出てきてしまっている。かなりまずいよね。これは。


そんな自分探しに興じているときは、幼い頃に好きでやっていたことを思い出せという誰かしらが言っていた名言のもとで、ノスタルジーに浸りながら自分の過去を回想するわけでして、そうしましたら、基本的に自分は我が強いわけで、ちやほやされたり、自分が目立ったりすることが好きで、そのことによって人の心を揺さぶることが好きだったということをおもいだすのですね。

まぁ、誰にだってそういう心理はあるわけだけれども、人一倍それが強かったのではないかなーと思う今日この頃です。


あ、それと火が好きですね、たぶん。

根拠はめんどくさいから省きますわ。


とにかく、うだうだやってらんないよ。



もっとわがままに行きたいし生きたい、けれどもやっぱり大きくなって変に知恵がついてしまうと、どうしてもあの頃のようには振舞えないわけで、やはりだめだなと思うわけです。

過去にとらわれてはいけないと思う反面、自分の過去を大事にしたいんですね。

なぜなら今の自分の人格を形成しているのはその過去だからという、一般的な確信が心に作用しているからでしょう。

良くない傾向ですね、過去に固執するのは良くないけど、それは過去に生きることはかっこ悪いという通年があって、まそれは当然のことかもしれないですけど、なぜなら過去は何も生み出せない現実的には。

これね。

でも僕は過去に生きたい。いやむしろ人には過去しかないのだから仕方ないんだと思うようになっているのです。

現在も未来も、比べると過去は不確かながら確かなわけであって、ある比較対象をもって比べるならばそれらよりは過去はより現実的ではないかなーと思います。


とにかく最近はバランスを上手に保つことを意識して生きていこうと思います。



ごめちょふ。