ネガティブ的な心持ちになったときアクティブになる。今それ。
何故だか知らないが、心の空白を何とかして何かで埋めようとしているのだろう。今それ。
熱が冷めないまま行動するべき。けれど自分の場合は過去の経験上冷静になることが必要になってくる。何故か。過去に急に丸坊主にしたり、大切なものを捨てたりと結果的に無駄なことをしでかしがちなわけです。
しかし、冷静になってしまうと本当に熱が冷めてしまうわけなんだな。
中庸、バランスってホントに必要だーね。
ごめちょふ。
果たして自分は何に興味があるのか。
具体性の解明に向けて努力してないから、本当は探す気すらないのかもしれないという不安さえ出てきてしまっている。かなりまずいよね。これは。
そんな自分探しに興じているときは、幼い頃に好きでやっていたことを思い出せという誰かしらが言っていた名言のもとで、ノスタルジーに浸りながら自分の過去を回想するわけでして、そうしましたら、基本的に自分は我が強いわけで、ちやほやされたり、自分が目立ったりすることが好きで、そのことによって人の心を揺さぶることが好きだったということをおもいだすのですね。
まぁ、誰にだってそういう心理はあるわけだけれども、人一倍それが強かったのではないかなーと思う今日この頃です。
あ、それと火が好きですね、たぶん。
根拠はめんどくさいから省きますわ。
とにかく、うだうだやってらんないよ。
もっとわがままに行きたいし生きたい、けれどもやっぱり大きくなって変に知恵がついてしまうと、どうしてもあの頃のようには振舞えないわけで、やはりだめだなと思うわけです。
過去にとらわれてはいけないと思う反面、自分の過去を大事にしたいんですね。
なぜなら今の自分の人格を形成しているのはその過去だからという、一般的な確信が心に作用しているからでしょう。
良くない傾向ですね、過去に固執するのは良くないけど、それは過去に生きることはかっこ悪いという通年があって、まそれは当然のことかもしれないですけど、なぜなら過去は何も生み出せない現実的には。
これね。
でも僕は過去に生きたい。いやむしろ人には過去しかないのだから仕方ないんだと思うようになっているのです。
現在も未来も、比べると過去は不確かながら確かなわけであって、ある比較対象をもって比べるならばそれらよりは過去はより現実的ではないかなーと思います。
とにかく最近はバランスを上手に保つことを意識して生きていこうと思います。
ごめちょふ。