母は彼に寄り添っていた。
そして、僕らが来たことを彼に告げた。
僕らは泣いていた。
僕は何故泣いたか今もわからない。
物心がついて初めて泣いた。
正直、そこに至る前までは僕自身泣かないと思っていた。
僕は涙もろくないし。

けれど、泣いた。
ホントに未だに何故泣いたかわからない。


それから葬儀までは、本当に断片的な記憶と感情しかわからない。

本当にそれ以降は、考える事が多くなった。
身近な人の死はこれが2度目だった。
1度目は彼のおじいさん。
つまり母の父で僕のおじいさんでもある。
僕が小学3年の時だったと思う、その時は死に関してよくわからなかった。
今もわからないが。
ここの家は彼が死ぬ前まで3人家族だった。
彼、彼の父(母の弟)、彼の祖母。
彼の母親に関しては、僕は知らないし、彼も知らなかった。 未だにまだはっきりとはわからない。

母親は自分の実家を気にしている。当たり前だろうな。
母親の母親。
つまり僕の母方のおばあちゃんは強い人だと思う。


こんな事があり、勉強の事はもう完璧に忘れ去り、どうしてだろうとかを考える日々。
部活辞めてすぐの状態に元通り。考える、テレビ、携帯。

今思えば、部活辞めて、従兄の事故死の一連の出来事以降、ずっとぼーっとしてきた。
ぼーっとするのが元々好きだし、本当に高校3年間はぼーっとしてきた。
バイトもせず、彼女もいず、かといって対して遊ばず、
学校には毎日言ったが、ある意味引きこもっていた、心の引きこもりみたいな感じだった。



好きでやってきたサッカーを捨て、嫌いだった勉強に逃げた僕は一体なんなんだろう。
ちょっと嫌になって、そこから逃げたことで、逃げる事から逃げることができなくなってしまったのかもしれない。




僕は東京に憧れていて、行きたかったから、東京の大学に進もうと決めた。そして経済、商、経営学部がある所で自分が行けそうな所を探した。
東京内は無理っぽそうだったから、横浜国立大学の経営学部に決めた。センターで82%、二次は調査書のみ。
ここならいけると思った。

けれど、受験期になっても勉強せずに考える、携帯、テレビの日々。
ある程度はしたが、まったくだめで、現役時のセンター試験は英語120、リスニング12、国語137、数学ⅠA48、ⅡB60、倫理76日本史40、生物69