人生100年時代と言われて、今や多くの方が老後の長い時間を意識するようになったと思います。

 

その時に、悩ましいのがアルツハイマーなど認知症の問題です。

 

せっかく長生きしても、人生の最期に自分の記憶が消えてなくなるという恐怖は耐えがたいものかもしれません。

 

 

人間の本質は「記憶」です。

 

どんなに成功を収めて、どんなにお金や財産を持って、どんなに素敵な人たちに囲まれて過ごしても、最終的に死を迎えるときには、何も持っていけません。

 

ただ、人生最後の瞬間までに残るのは「記憶」=想い出ではないでしょうか。

 

病室で寝たきりになって人生の最期を迎えるとき、自分の人生を振り返って、良い想い出で心を満たしながら安らかに過ごす。最終的に私たちは「良い想い出」という記憶に浸って死んでいくことを望んでいるのかもしれません。

 

 

そのような瞬間を迎えるために、悪い記憶で満たされている人は、記憶喪失になった方が良いでしょう。

悪い記憶を忘れられないなら、強制的に忘れさせてくれるなら、こんな有難いことはありません。

 

神様が最後にくれた優しさ、それが認知症なのかもしれません。

 

もちろん、認知症発病当初は、まだ過去の記憶がありますから、記憶が無くなる恐怖で、混乱し、悩み、悲しみ、苦しい日々となることでしょう。でも、そういったこともすべて忘れていくのです。

 

そうすることで、人生最期の期間を心穏やかに、ニコニコして過ごしていける。

ただ、今、目の前のことだけが全てであり、もし嫌なことがあっても、すぐに忘れて覚えていなくて済む。

そんな世界なのかもしれません。

 

 

もし、あなたが、思い出したくもない悪い記憶ばかりで日常が埋め尽くされるなら、認知症になって夢を叶えてくれるのかもしれません。

 

もし、あなたが、良い思い出ばかりの人生を思い出すのであれば、認知症になる必要がありません。

 

今からでも、過去の悪い記憶を変えていきましょう。過去は変えられませんが、過去の「解釈」は変えられます。

 

ぜひ、過去に起きた悪い記憶の中に、自分がそのことで成長できたこと、それがあったから今幸せに感じることができること、そのおかげで人生が変わったこと、悪い出来事を良い出来事に解釈して欲しいと思います。

職場でも家庭でも、人間関係の悩みが多く聞かれます。

 

そのほとんどが相手を理解できていない、単なる「誤解」であることが多いと思うのです。

 

 

相手をよく思わないとき、

 

「普通は・・・」

 

「常識的に・・・」

 

「なんで・・・」

 

といった言葉が出てきた時は、誤解を解いていきましょう。

 

私と相手では、普通が違います。

 

私と相手では、常識が違います。

 

なんで?というのは、相手のことを分かっていないから出てくる言葉です。

 

相手の住んでる地球は、私が住んでいる地球とは違う地球です。

 

相手の地球を知るには、相手の話を真剣に聞く必要があります。

 

相手の立場に立つというのは、私の地球から相手の立場に立つのではなく、相手の地球に行って相手を知るということです。

 

 

今、目の前にいる相手も、人生を生きてきました。

 

その人なりに、一生懸命、幸せになりたくて、不幸になりたくなくて、生きてきました。

 

親や家族、先生や友達との関係性の中、必死に自分を守り、自分を表現して生きてきました。

 

その中で得てきた考え方、価値観、生き方の術、そういったものすべてを駆使して、今、相手が行動し表現しているわけです。

 

その相手のヒストリーをすべて知ることはできませんが、でも、今の相手の行動が、それらを総動員して、幸せになりたくて、不幸になりたくなくて、私に対峙していることは、まぎれもない事実です。

 

そのことを真に理解し、相手の地球を知ろうとする、知りたい!と思う気持ちで、相手と向き合うのです。

 

 

そうすると、私が私の地球で、私の常識や価値観、私のものさしで相手を見ていたことに気が付きます。

 

確かに相手の行動は、自分にとって嫌なこと、腹が立つこと、理解できないことかもしれませんが、その相手の中にある理由を知ると、

 

「誤解」

 

に気が付きます。

 

相手が、どうやって幸せになりたいと思っているのか。

相手が、どうやって不幸にならないようにしているのか。

 

なるほど!そういうことか!と理解する。

 

その瞬間、相手へのマイナス感情がすぅ~と小さくなっていき、同時に、相手にも自分のことを分かってもらえる機会が訪れます。

 

分かり合うことができるのです。

 

 

人間関係のトラブルは、単なる「誤解」です。

 

「誤解」のせいで、思い悩み、病んでしまったり、命を落としてしまったりすること、とても嘆かわしいことだと思うのです。

 

神様は、この地球を遊園地のような楽しい場所に設定してくれています。せっかく楽しみ、喜びの宝庫にいるのに、誤解して悩んで楽しんでいない人には、そういう世界じゃないよといろいろな気付き装置を設置してくれています。

 

気付き装置があると信じて、探し始めたら必ず見つかります。神様の愛は100%です。

 

あなたに必要なのは、相手への「愛」とそれを表現する「勇気」だけであるのです。

なんで、あの人は、あんな風なんだろうか。

 

部下であれ、同僚であれ、友達であり、理解に苦しむ行動をする人がいますね。

 

 

その時、絶対にやってはいけないのは、その人を変えようとすること。

 

本人は、そのことが自分にとって、良いことだと信じて行動しているわけですから、それを否定されて気持ち良いわけがありません。

 

自分が逆の立場だったら、すぐに分かることです。

 

 

人は分かって欲しい生き物。

 

まずは、相手の気持ちに寄り添い理解する努力が大切です。

 

理解できない人、嫌いな人、苦手な人と関わるとき、不可思議な行動をする理由を知りたい!と相手に興味を持つこと。

 

そして、そのような人に

 

『私は何をしてあげられるだろう?』

 

と考えて行動することが、あなたの修行です。

 

 

人生は神様から与えられた魂の修行。

 

神様から見たらすべての人は、子供で、良い子供も悪い子供もありません。

 

自分にとって敵と思える人に貢献できる人こそ、神様に喜ばれるわけです。

 

困難が無ければ、成長がない。

成長がなければ、充実で幸せな日々もない。

 

試練というのは、大変ですが、成長の機会でしかないのです。