学祭だった。ブースで2年の相手してサークルの模擬店に参加してきた。

楽しいんだ。楽しいんだけど何か違った。体はここにいて心はあっちな気分。

話しても違うこと考えてしまう。笑ってても作り笑顔な気がしてならない。

マクロ憲法民法終わらせたらミクロ統計計量だとか考えてる。

ダメだ。中途半端が一番ダメだ。今遊んでも芯から楽しめないし、遊ばなかったら後悔する。整理しきれない自分の心がボロボロになってく。

芯はあるはずなんだ。あるはずの芯が今は見えないんだ。自分らしい時は見えるはずなんだ。らしくないことし過ぎて芯が見えなくなっちゃったみたい。
今僕が踏み出そうとしている世界は果たしてそんな生き方が出来る世界なんだろうか?自分らしい生き方が出来るんだろうか?理想的な世界なんだろうか?そこで掴む物って何?それは今だから輝いてるように見える虚構なんじゃないの?それを掴んで本当に自分に納得出来るの?

例えば留学してPh.D取って学会で注目されて、納得出来る?

例えば国連機関入って世界中の仲間と最前線で国際問題解決に当たって、納得出来る?

例えばPEか投資銀行とか拝金主義に転向して金持っていい女抱いて高級車乗って高級住宅住んで、納得出来る?

それを叶えるには相応の犠牲を強いるよね。僕が好きなものって、ボードとスケートとサーフィンとクライミングと…馬鹿やって皆が笑ってくれて、騒いで、体とかじゃなく心で恋して。

まだまだダンスもやりたい写真もやりたい絵もやりたいピアノとかギターとか挑戦したいよ。女遊びも多分またしたい時くるよ。

その好きな物の全部とは言わないけどほとんどとトレードオフなんだって分かってる?
でもね、やっぱり人間はそうゆう世界で生きたいみたい。皆から褒められたいみたい。褒められて、誰かに認識される世界じゃなきゃ生きられみたい。

自分が実現したい世界は自分の力が褒められる世界。自分の力で得た実績で、知恵で、経歴で、そんな全部で評価されたい。仕事早いるよ?吸収力高いよ?対人折衝力あるよ?でもその伝え方一つで評価されるのは嫌なの。民間企業の不確実性が高いってのはそうゆうこと。

自分の意にそぐわない世界に入って自分を見失うよりも自分が生きたい世界で生きたいの。

でもね、その生きたい世界が虚構なような気がしてきたの。自分が作り上げた砂上の楼閣なような気がしてきたの。

自分が今まで生きてきた人生ってすごい楽しいヤツらに囲まれてたの。クソ真面目な世界にも偶々居合わせたそいつらがいたから楽しいヤツらに囲まれてきたの。