42年生きてみて、心から苦手なのが「人付き合い」
20年接客業をしてみて「何でこんなことやってんだろ?」と、改めて思って、自営でやってたのにそれを廃業した。
病気になったのもあるけど、俺にとっては接客業は本当に精神的にも肉体的にも負担でしか無かった。
愛想笑いが苦手で、嘘で飾り立てることも嫌い。
さだまさしの「マグリットの石」という歌を聴いて「こういう事なんだんだよな」って実感した。
でも、そんな「人間嫌い」な自分の人生の中に、振り返るととても印象に残る、というか有難い人との出会いもあった。
出会いは今から26年前。
今回はその人の事を書いてみようと思う。
当時の俺は16歳。
小さい頃から友達付き合いが苦手で、高校に入っても周りのノリと合わせる事が出来ずに、結局つまらない事件を起こして半年足らずで退学。
趣味は読書と、少ない仲間と遊ぶ事。
バイトした金でボーリング行ったり、カラオケ行ったり。 そんな他愛もない日常だった。
当然、将来の事なんて考えてなくて日々を何となく過ごしてる感じだった。
あと、好きなものといえば「シンナー」
純トロと言われる「トルエン」を買ってきてはそれをティッシュに染み込ませて吸引する。
ビニール袋に入れて吸うといった仰々しいものではなく、もっとお手軽に楽しんでいた。
当時、俺の周りでは「シンナーを好む奴」と「シンナー厳禁派」がいて俺は「シンナー厳禁」の奴らには黙ってやってたからバレた時にはそれこそ滅茶苦茶怒られ、殴られた。
俺の事を心配してくれてたんだと思う。
当時の俺は今と違って子供の頃親から受けた虐待のこともあってか、家族も嫌いだし基本的に「人を信用しない」ひねくれた奴だったから数少ない仲間から心配された事は結構新鮮だったな。
んで、そんな可愛げの無い16歳の俺もご多分に漏れず異性が気になるお年頃。
セックスはしてたし、俗にいうセフレもいたけど俺には目標があった。
それは中学時代の部活の先輩と付き合う事。
んで、処女を頂くこと。
当時にしてみたら真面目にその人を好きだったように思うけど、思い出すとそこまで可愛い子ではないような気もする。
その先輩というのは俺のひとつ上。同じ部活だったと言うだけでほぼ接点の無い俺はなんとか繋がりを持とうとしたけど、共通点がまるで無い。
向こうは県内のお嬢様学校。俺は高校中退のシンナーを愛するおバカさん。
普通にありえないよね。
でも、なんとか連絡を取るくらいの関係になってそこから頑張って口説く事数ヶ月。
付き合う事になった。
結局ひと月足らずでお別れする事になったけど。
そもそも住む世界も違うし、男の好みも「スポーツをやっていて爽やかでガタイのいい人」だもん。
シンナーが大好物でガリガリ君の青瓢箪じゃどうしようもない。
それでもする事はしたんだから大成功かな。
んで、俺の最低男たる所以はここから。
その先輩の友達、そして、更にはその後輩とも仲良くなってしまう。
彼女の友達っていうのは正直見た目もトドで顔もイタい。
と、いうことで早々に終了して、俺が仲良くなった、と、言うより強引に手に入れたのは後輩にあたるMちゃん。
散々、色んな事に巻き込んだ上に強制的に「俺の女になれ」と。
我儘言いまくって、散々脅したり宥めたりしてなんとかかんとか、電話するようになった。
んで、付き合う事事になったけど、相手はやっぱりお嬢様。
俺はといえばシンナー小僧。
釣り合いなんて取れるわけもなく、お嬢様をかなり振り回す結果になった。
学校休ませたりして遊んでた。
かなり無理させてたから俺と付き合って楽しい思いなんてあったのかな、と思う。
でも、きっとその中でも確かに愛情はあったと思う。
「世界中を敵に回しても俺はお前の味方」とか言ってたと思う。
かなり恥ずかしい台詞だけど、当時は本気で、そんなことを考えてた。
てか、何を敵に回すのやら、ツッコミどころ満載だけどね。
で、俺にとってはMこそが実質、初めての恋愛だった。
「人を好きになる事、その人を思う事、その人の幸せを願う事」
こういう事を教えて貰ったように思う。
18の時にお別れをする事になったけど、それから時を経てMの事は思い出になってた。
たまには昔のアルバムを見て、俺もMも若いなと。
当時、中古で買った宝物「JZA70スープラ」と一緒に写ってるMは今見ても印象的。
「今頃何してるかな」なんて思ってた。
そんなMだけどなんと、20年以上ぶりにSNSを通じて連絡を取ることが出来た。
正直、なんといえばいいかも分からず、そもそもMが俺を覚えているかも分からず、かなり不審なメッセージを送ってしまった。
ただ、メッセージを送ったあと、数ヶ月は返信が来なくで「やっぱり」と、思いメッセージを送った事すら忘れていた頃返信が来た。
それがきっかけで1度は会うことにも。
疚しいことは何も無かったけど。
でも、大人になったMの話や、物腰を見ると「自分の幼さ」や「成長して無さ」を痛感する事に。
きっとこれこそがお互いに知らない24年間の経験値であり、時間の重み。なんだろうと思う。
Mと会った数ヶ月後、決まっていたことだったが俺の病気が元で、当時やっていた事業(とは言えない小規模なものだったが)を辞めることになった。
病気を知ったのは3年前で治療を継続しているが劇的に快方に向かうという訳では無い。
そんな矢先、俺がSNSに投稿した何気ないひと言にMがコメントをくれた。
それがきっかけでメッセージをやり取りすると、Mは俺の事を「誠実、優しい、不器用」と。
確かに不器用は合ってる。
ただ、俺は誠実か?優しいか?
いつまでも大人になれないだけではないのかと、自分に対して思う。
人付き合いが苦手なのも幼さゆえかも知れない。
優しいというより毅然とできないだけではないのかと。
きっと同世代よりも、精神的に未熟で、その割に好む本や音楽は同世代よりも二世代位古い。
それが俺。
歪すぎる存在なんだろう。
そんな俺を距離も時間も遠い存在になっている筈のMは何故か的確に見抜き、驚く程の言葉を投げかけてくれる。
俺にとってきっとどこかで繋がりを持ち続ける事になる人なんだろうな。
そんなMの幸せを心から願う。
俺にとって「生きる喜び、人を愛する喜び」
これはMから教えて貰った事だった。
そして、俺はいつまで子供なんだろうね。
