こんにちは。
本日は私の過去について、少しだけお話します。
22年前、IDDMという病で倒れ、当時働くところもなく、アルバイトをしたところが、当時走りだった
Q2ダイヤル、ツーショットダイアルだ。
経営者がヘルスも経営していたので、夜、受付も経験した。
かなりの媒体に広告宣伝費をかけ、60坪ほどのフロアーを二つに区切り、事務所ともう一部屋は、
個室が20ほどでリクライニングのシートと電話機に、インカムが設置してあった。
女の子の在籍数も100人ほどいたと思う。
24時間営業で私は朝から、夕刻までの勤務にしてもらっていた。
当時3本の指に入るほどの店舗だった。
毎日、女の子の面接をし、OLから、主婦、大学生まで様々だった。
事務所からは、会話がシステムフォンを通してつねに聞ける状態だったので、聞いてみると、
真面目そうなOLがテレフォンSEXをしている。
お店側としては、そい事ができる女性がひとりでも多くほしく、そういう女性には個別面談をし、時給を
引き上げていった。
朝から、晩まで、電話もひっきりなにしかかってきていたし、働く女性もかなりいた。
かなりの、お金が動いていたと思う。
経営者が3人おり、もめごとが増え始た。
そのころ、もう潮時かな?このお店と思い、やめることに。
数ヶ月前から、友人が後発組ながら、小さいQ2ダイヤルのお店を始めており、
手伝ってくれとの誘いがありそちらに移ることに。
その頃だ、私の妹が、若くしてなくなった。
早朝、おふくろからの電話・・・・・・・・力がない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・死んじゃった。
ショックで、ショックで・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どうしようもできない気持ちでいっぱいだった。
自分の病気、妹の死、一人で頑張って育ててくれた、母親の顔が浮かぶ。
拒食症だったそうだ。
後で聞いた。
ずっと離れて暮らしていたので、わからなかった。
何にもしてあげられなかった。
他人の少しお尻がでかすぎるんじゃないの?一言が始まりだそうだ。
なぜ、そこまで・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
棺桶の妹は、以前の面影はなく、やせ細っていた。
1年ほど前、妹から手紙があり、お兄ちゃんも大変だろうからと手紙と、5,000円が入っていた。
病気と生活大変でしょだと。(>_<)
おふくろから聞いたが、その体で、歯医者の受付仕事にでていたらしい。
葬式、火葬がすみ、仕事のため戻る道中、涙と、悔しさと、このままじゃだめだと思ったのを鮮明に
覚えている。
20年前になるが、今でも涙が出てくる。
今は、天国でたくさんおいしい物を食べていてくれてるでしょ。
その後まだまだいろいろな事があるので、またの機会に。