除夜の鐘。
大晦日に、お寺の梵鐘を、108回つきます。
煩悩の数を表すとも言われています。
・六根があります
眼・耳・鼻・舌・身・意
・そこに気持ちが入ります
好・悪・平
・きれいが汚いか
浄・染
・時間
前世・今世・来世
6かける3かける2かける3で、108というわけです。
あれ、煩悩って……。
わたしたちが、
・眼で観て
・耳で聴いて
・鼻で嗅いで
・舌で味わって
・身で体験して
・意で感じて
それを、
・好きだとか
・嫌いだとか
・どっちでもいい、って判断をして、
さらに、
・いいことか(きれい)
・悪いことか(きたない)なんて決めて、
時間軸に沿って
・過去や
・今や
・未来で、思い悩んでいる。
どっかで書いてきた事みたいですね。
だって、真実はみんな同じなんですから。
同じ真実を、東洋の人は仏教を使って、西洋の人はキリスト教を使って、中東の人はイスラム教を使って、表現をしただけなんですから。
ただ、観る方向や、言葉や経験が違うから、別々のものに観えるだけなんですね。
さあ、煩悩ってなんでしょうか?
あなたが、握りしめているものです。
黄金を握りしめているのは、松谷みよ子さんの「まえがみ太郎」の火の鳥だけさんかと思ったら、最近は、ホビットの悪いドラゴンも、ドワーフの黄金を握りしめていますね(笑)。
あなたは、握りしめているものが重たくて飛べないなんて、ぶつぶついっている火の鳥さんではありませんね?
四苦八苦なんて説もあります。
4かける9と、8かける9を足すと108なのだそうです(笑)。
ちなみに、煩悩は36000もあるそうですから、とても、除夜の鐘だけでは足りないかもしれませんね。
さて、煩悩の根本に三毒があるとされています。
貪欲・瞋恚(しんに・しんい)・愚痴です。
・貪欲
これは、万の物を必要以上に求める心です。
まえがみ太郎の火の鳥。
ホビットのドラゴンのスマウグですね。
・瞋恚
これは、簡単に言うと、怒りです。
我(自分)に背くことがあれば、つまり、自分の思い通りにならないと怒ってしまう。
仏教の世界では、人間の諸悪・苦しみの根源とされています。
禅では、こんな説話もあります。
ある、悟りを開いたと豪語する僧が居ました。
一人の坊さんが、その僧の頭をペちっと叩きます。
「何をする!」と、その僧は怒りました。
そうすると、頭を叩いた坊さんが言いました。
「まだ、我が残っているじゃないか(笑)」
もし、悟りを開いていれば、良寛さんのように、何が起きても動じないでしょう。
・愚痴
これは、説明の必要もないですね。
無明ともいいます。
万の事物の理にくらき心をさす、と書いてあります。
さて、私流に表現すれば、「恐れ」と「怒り」と「嫉妬」の、ネガティヴ感情の三兄弟ですね。
さあ、除夜の鐘と共に、煩悩を手放しましょう。
捨てようなんて思わなくても良いんです。
捨てようと思えば、思うほど、あなたにくっついてきます(笑)。
迷いねこならかわいいんですが、ネガティヴ三兄弟はそんなに可愛くありません。
ただ、鐘の音を感じてください。
お坊さんの読響の声を聴いてください。
本堂の前で、ただ、手を合わせてください。
「ああ」
そのときに、何か、あなたは、すがすがしさを感じるかもしれません。
それだけでいいんです。
だって、その瞬間、あなたは、「恐れ」や「怒り」や「嫉妬」を感じていましたか?
ほんの一瞬かもしれませんが、「恐れ」も「怒り」も「嫉妬」も感じていませんでしたね。
それが、煩悩を手放した瞬間です。
簡単でしょう?
あとは、その瞬間、瞬間を、ただずっと感じていられるかだけ。
えっ、そこが難しいって(笑)?