山田隆文の歯医者さん日記

 座禅では、無心になれと言う。
 でも、「心がない」。
 それは、あり得ない。
 何にも考えない。
 それでは、人間ではない。
 この心は、執着心である。

 さて、お堂の壁際に座る。

 まさに、「握って手放す」の実践場だ(笑)。

 いろいろなものが見える。
 いろいろなものが聞こえる。
 いろいろなものを感じる。

 衣擦れ。
 賽銭の音。
 御焼香の匂い。
 ざわめき。

 始めは、ちょっと気になることもある。

 わたしの、目の前に立つ人。
 あのう、ご本尊が見えないんですけど……。

 ちゃんと並んでお焼香をして、手を合わせる人。
 横入り。

 時々、手を叩いちゃったりする人がいたりして。
 ここ、お寺ですけど……。

 お賽銭の小銭ないかと、ポケットを探す老夫婦。
 「十円でいいでしょう」
 「流石に札はねえ」
 御利益に、10円ですか?
 まあ、三途の川の渡し賃は6文ですので……。

 みんな、正座。
 で、何を思っているの。
 何を祈っているの。
 何をお願いしているの。

 講堂には、八百万の神ならず、八百万の聖人達が並んでいる。
・法然 …… 浄土宗の開祖
・栄西 …… 臨済宗の開祖
・道元 …… 曹洞宗の開祖
・親鸞 …… 浄土真宗の開祖
・日蓮 …… 日蓮宗の開祖
 ……。
 確かここは密教のお寺なんですけど。
 でも、お釈迦様は宗派なんて作った記憶はない。
 お寺を作れなんて言ったはずもない。
 ましてや、形式を重んぜよなんて言った試しがない。
 なのに、世界中にお寺がある。
 拠り所の経典も違う。
 般若心経の読み方だってまちまちだ。
 というか、お経自体、仏陀が入滅したあとで書かれている。
 イエスキリストの言葉を、それぞれの弟子がまとめて、色々な福音書があるように、仏典も、書いた人によって様々だ。
 サンクスリットから漢字に、そして、日本語になる時にも、ずいぶんと、解釈が変わる。
 まあ、そういえば、新しいちゃんとした宗派は、日蓮上人から以降はないなあ……。

 急に、お腹がすく。
 そういえば、今日は、何歩、歩いたんだろう。
 横川で、買ってきたおにぎり食べてから何も食べてないなあ。
 夕飯までに時間もあるし、そばでも食べようか……。

 なんて、勝手気ままに、頭に思い浮かべている。
 面白い。
 時間の経つのを忘れてしまう。

 でも、大事なこと。
 握りしめない。
 一つの思いを、ずーっと考え続けないこと。

 もう一度、お茶の千家のお話しを思い出してみる。
 千利休と書いたが、調べたところ、孫の千宗旦の逸話だそうだ。
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 これは、千日回峰ルートに咲いていた、椿の花。

 千宗旦と交流のあった正安寺の和尚さん。
 庭の妙蓮寺椿が咲いたのを見た。
 そこで、一枝一輪を切って、小僧に届けるようにと、持たせる。
 でも、花が落ちてしまった。
 小僧さんは、和尚に怒られないかと、悩む。
 落ちた椿の花を拾い上げて、泣き泣き、千家の屋敷のすぐ前まで来た。
 と、たまたま、宗旦が屋敷の前に居た。
 アイデンティティのできた宗旦は怒ったりしない。
 事情を聞いた宗旦は、「まあ、一服あがっておいき」と、茶室に通した。
 すると、茶室には、利休ゆかりの竹の花器に、葉だけ一枝。
 そして、その下に一輪の椿の花が、あたかも、たった今落ちたかのように置かれていた。
 ありのままだ。
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 いかが?
 ちゃんと、ネタ用に、ありのままに写真に撮った(笑)。

 怒ってしまう人が多いのでは?
 花は、枝についていなければならない。
 思い込みだ。
 執着だ。
 だから、自分が思っていたことと違ったことが起こってしまうと、怒りを感じる。
 予定と違うことが起こると、いらいらする。
 手放してしまえば、ずっと楽になる。
 それが、楽しめない。

 楽しむ。

 千利休にはこんな話がある。
 茶話指月集にのっているそうだ。
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 ある春の日のこと。
 ときの関白秀吉さん。
 誰もが、びびって、怖がる相手。
 もちろん、いたずら好き。
 ですので、今回は、利休に仕掛けた。
 大きな鉢に水を満たして、梅一枝を添えた。
 「この鉢に、生けてみよ!」
 利休は平然として梅の枝をつかむ。
 そのまま利休は、花びらを水面に落として、枝を沈めてしまった。
 ありのまま。
 ありのままの景色。
 もちろん、秀吉はぎゃふんとなった。

 花を生ける。
 そもそも、自然にあるものを、切り取ってしまった。
 はかない命。
 でも、花は枝についているもの。
 それは、先入観。
 やがて、花は枯れて落ちる。
 先入観、思い込み、ねばならないを、脱却しただけ。

 アイデンティティができあがれば、どんな問題が起こっても、楽しめるようになる。

 なんて、思いをめぐらせていると……。

 静けさを破るように、突然、騒ぐ子供。
 それに、切れて、怒鳴る父親。

 えっ、本堂で携帯電話?

 もし、何かに捕らわれていれば、「うるさい!」となるかも……。

 でも、大丈夫。

 自己中な参拝者もいる。
 経験な信者さんもいる。
 一生懸命、真言を唱えている人も。
 観光バスツアーの、騒がしい御一行様。
 中国語も聞こえる。
 韓国語も聞こえる。
 見よう見まねで手を合わせる金髪の外国人さん。
 せっかく紋様を付けて掃き清めた玉砂利に、足跡を付ける人……。
 そこって、最澄さんの眠る御廟ですけど!
 文殊堂の急な階段にビビる人。
 「根本中堂」の石碑の前で写真を撮ってあげたら喜んでいたカップルさん。

 みんな、一つの景色。
 ありのまま。

 手放すと、楽になりますよ!