コップに半分水が入っている。
これに、意味があるのだろうか?
あなたなら、これを、どう思うだろうか?
こんな記事を目にする。
『“うつにならない人間関係”の4つのポイント』
(新刊JP - 04月26日 19:40)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1999198&media_id=112&from=home&position=2
自分の「うつ」を治した精神科医の方法である。
自らも精神科医である宮島賢也さんが書いた。
河出書房新社刊。
http://www.amazon.co.jp/自分の「うつ」を治した精神科医の方法-KAWADE夢新書-宮島-賢也/dp/4309503691/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1335484139&sr=8-1
さて、なぜ、うつになるか?
答えは簡単である。
「わたしは誰?」
という、存在価値が失われたのである。
人生の、生きている意味が見いだせない。
学校や職場において、全否定された。
実際、こんな、歯医者さんが居る。
本当である。
だって、昨日、来た、卒業生が話していた。
「患者さんと、お話ししていると怒られる」
わたしは、患者さんとのコミュニケーションが大事であると学生に教えている。
そこから、患者さんのニーズや、気持ちをくみ取り、患者さんにぴったりの治療をする。
実際、平成14年から、歯科医学教育でもコミュニケーションの授業(医療面接)は始まっているし、最近では、6年間一貫教育で、患者さんとのコミュニケーションを重視している。
「そんな暇があったら、手を動かせ!」
と、言われるのだそうである。
まあ、その歯医者さんが学生の時代には、患者さんとのコミュニケーションなんて、習っていない。
わたしだって、習っていない。
でも、わたしは、先輩の歯科医師や、患者さんとの触れ合いを通して、それを、学んできた。
一方、そういった歯医者さんは、何も見てこなかった。
機械的に、病気を治せばよい。
と、卒業生さんは、自分を否定される。
なんて言っていたら、他の卒業生も同じ質問をぶつけてきた(笑)。
をいをい。
世の中の歯医者さん、大丈夫ですか????????????
患者さんが、逃げてしまいますよ!
やがて、こうなる。
「どこから来て、どこへ行くの?」
自分の将来が見えなくなる。
何をしていいのか、わからない。
と、何もできなくなる。
何度も書いたように、私たちは、意味のないことはできない。
奴隷に、こんな命令をする。
「穴を掘れ」
「掘れました」
「じゃあ、その穴を埋めろ」
「埋めました」
「また、穴を掘れ」
「掘れました」
「埋めろ」
……
これが、永遠に続いていく。
人は簡単に壊れてしまう。
わたしをいじめる方法がある。
何もさせないことだ。
暇すぎると、わたしは壊れる(笑)。
無音室というのがある。
人が一人で、そこに入って電気を消すと、壊れてしまうそうだ。
始めは静かで良いなんて思う。
でも、やがて、自分の心臓の音、呼吸の音が気になり始める。
と、うるさくて、いたたまれなくなるのだそうだ。
だから、宇宙兄弟ではないが、宇宙の狭い宇宙船の密室の中で、何ヶ月も過ごせるというのは、ものすごい才能であると思う。
さあ、あしたのジョーのラストシーンだ。
「まっしろになっちまった!」
頭の中が真っ白という状態。
何を言っても、否定される。
何をしても、否定される。
何を言わなくても、否定される。
何をしなくても、否定される。
言うとおりにしても、否定される。
だいたい、言う事が、毎回、違っている(笑、ごとじゃない???)。
をいをい。
どうしろって言うんだい!
心理学的には、一番簡単な洗脳テクニックである。
相手の価値観を否定する。
一番落ち込んだときに、自分の考えをすり込む。
某芸能人さんや、某宗教団体さんや、某啓発セミナーさんなんかで使っている。
自分を見失った人は、簡単にひっかかるので、くれぐれも、ご用心、ご用心である。
そこまで行かなくても、顔に表情のない、うつろな目をしたあなたのできあがりである。
何もやる気が起きない。
夜も寝られない。
だから、朝、起きられない。
寝不足だから、昼間はぼーっとしている。
そりゃそうだ。
だって、自分の人生に価値観を見いだせないんだから。
さて、臥薪嘗胆と言う。
これは、なかなか、うまくいかない。
そんなに、「怒り」「恨み」だけでは、長続きできない。
ネガティヴのな感情は、エネルギーを消耗するだけである。
なにごとも、ポジティヴシンキングである。
だから、わたしならどうするかって?
穴を掘って、穴を埋めながら、筋力トレーニングだと思って、脱走のためのパワーを付けてやると思う(笑)。
さて、こんな本もある。
「人生に意味はあるか」なんて、諸富祥彦さんの著書がある。
講談社現代新書
http://www.amazon.co.jp/人生に意味はあるか-講談社現代新書-諸富-祥彦/dp/4061497871/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1335485352&sr=8-1
もちろん、人生の生きる意味を見いだすのは、私たちの最終目標である。
誰でも、通る道である。
先の、自分の思い通りにならない歯科衛生士さんを全否定する歯医者さん。
まだ、自分の人生の生きる意味を見つけていない。
「なぜ、歯科医になったの?」
「何のために、歯科医をしているの?」
その答えを見つけていないのである。
でも、しばらすくると、その疑問すら感じなくなっていく。
麻痺していく。
気になるのは、次のゴルフのスコアと、保険点数だけ。
そして、ある日、思う。
「患者さんが減ったなあ」
でも、自分が原因だとは気付かない。
「最近の、若い奴は、全然、使えない!」
まあいいですけどね。
たぶん、エリクソンのステージ7。
あなたが、晩年になって、何かに気付くかもしれません。
でも、安心して下さいね。
もちろん、それからだって、間に合いますよ。
さて、宮島賢也さんはこんな風に言っている。
(1)相手は変えられない、自分も相手に変えられない
(2)一緒にいたいなら、「良い」」「悪い」の評価を外して、相手を受け入れる
(3)先に変わって“魅せる”、相手が変わるかどうかは相手が決める
(4)義務と責任の関係から、愛と感謝の関係へ
(以上記事より抜粋)
(1)相手は変えられない、自分も相手に変えられない
イソップの北風と太陽のように、無理矢理、相手を変えることはできない。
相手を否定すれば否定するほど、相手は、かたくなになる。
これは、もっとやっかいごとを増やすだけ。
(2)一緒にいたいなら、「良い」」「悪い」の評価を外して、相手を受け入れる
現実は、自分で作っている。
今、居る現実にも、学ぶことがある、と考える?
「おしん」の時代ではあるまし、人を否定し、命令し、なんてことは、これからの社会生活のなかでだんだんと通用しなくなる。
でも、その今を選んでいる自分にも、何か、それに気付けという警告であり、意味がある。
別の今を選ぶのも自分である。
その環境を、臥薪嘗胆して、受け入れる?
それとも?
(3)先に変わって“魅せる”、相手が変わるかどうかは相手が決める
人は変えられない。
でも、自分の考え方は変えられる。
誰かに頼った人生を送ってきていなかったか?
今の選択は、本当に、自分の選択なのか?
それとも、誰かの影響を受けていないか?
そこが大事。
「まったく、どうして、できないんだ!
どんな、教育を受けてきたんだ!」
なんて、全否定されたとする。
「……」なんて反応をするから、相手も、さらに切れる。
そんなとき、自分がどんな表情をしているか、見たことがおありですかな?
たぶん、無表情で、ぶすっとして、口を尖らせて、反抗的な目をしている(笑)。
それでは、犬でも逃げ出す!
だから、自分が変わる。
アサーティブトレーニングも良い。
イメージトレーニングも良い。
NLPなんて、結構使える。
わたしだと、こうなる。
にっこり笑う。
「すいませんねえ、バカなもんで。
で、教えたのは、先生ですけど。
じゃあ、何を勉強したらいいですか?」
(4)義務と責任の関係から、愛と感謝の関係へ
さあ、現実である。
「ねばならない」と考える?
それとも、
「やりたい!」と考える?
わたしなら、自分の否定的な、嫌な環境に陥っても、こう考える。
「気付かせてくれて、ありがとう!」
さあ、コップである。
あなたは、どちら?
「もう、半分しかない」
「まだ、半分残っている」