クオリティオブライフ。
 日本語は生活の質でしょうか。

 先日の、卒業生向けの講演。
 こんなお話がありました。

 ある、お医者さんから依頼が来ます。
 入れ歯を作って欲しい。
 依頼状の診断名は、○×腫瘍。
 お口の中には、歯周病もひどいし、残根や、抜歯をしたり治療しなければならない歯がたくさんありました。
 担当のドクター(歯科医師)は、まず、歯の処置から手を付けました。

 でも……。

 ここからが大事です。

 お医者さんは、なぜ、専門外の歯科医師に入れ歯の依頼をしたのでしょうか?

 考えてみましょう。

 診断名は、○×腫瘍。

 口腔外科の先生は、この依頼状を見た瞬間、どんな病気かがわかります。
 患者さんの顔色、体格、歩き方など、全身状態を見ます。
 もう、病気が落ち着いて問題ないのか、治療中なのか、あるいは、もう、末期でどうしようもないのか?
 ある程度の判断も付きます。
 飲んでいるお薬を訊けば、「ははあ」ということになります。

 始めの歯医者さんは、歯しか見えませんでした。
 ですから、自分の持てる技術で、最良の入れ歯を作ろうと思ったんです。
 間違っていません。
 でも、患者さんのニーズを汲み取れませんでした。
 そこは、問題です。

 実は、こういう事情があったそうです。
 患者さんは、がんの末期。
 もう、治療のしようもない。
 だから、お医者さんは考えました。
 ホスピス・緩和ケアで、まずは入れ歯を作って、美味しいものを食べてもらってQOLを向上させようじゃないか。

 患者さんには、時間が無いのです。

 始めの先生は、そこまで読み取れませんでした。
 もし、始めの予定で入れ歯を作り始めたら、何ヶ月、あるいは、年単位で時間がかかるかもしれません。
 それでは、生きているうちに入れ歯は完成しません。

 まずは、暫間義歯を作って、すぐにご飯が食べられるようにする。

 これが、正解です。


 私も、白血病や突発性血小板減少性紫斑病や、乳がんなどでビスフォスフォネートを使っている患者さんの歯科治療をします。
 口腔癌で、舌がなかったり、ぽっかりと大きな穴の空いた口の中を見ます。
 時には、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の方もいます。
 肺癌の末期で、気管切開をして、話す事もできない患者さんの入れ歯も作りました。
 この患者さんは、当然、経管栄養(鼻の管から流動食)で、口から食べる事はできません。
 だから、入れ歯なんて必要ない。
 そう思いますか?
 そうではありません。
 食べるための入れ歯ではないのです。
 お見舞いの方が来られたときに、笑顔を見せるための入れ歯なんです。
 そして、入れ歯を入れた2週間後に、その患者さんは亡くなられました。

 もう一歩進んで、エンジェルデンチャーというものもあります。
 人は死にます。
 でも、お棺に入ったとき、入れ歯がないと、かっこ悪いです。
 ですから、お葬式の、最後のお別れのために、口元を優しくするために入れ歯を作るんです。

 いかが。

 保険に適応になる、周手術期の口腔ケア。
 もちろん、患者さんのQOLの向上のためです。
 肺炎や合併症の防止で、実際に、入院期間も短くなるという報告もあります。
 今後、広まっていくといいですね。

 QOL。
 奥が深いんです。