山田隆文の歯医者さん日記

 あなたは、大きくなりました。
 幼稚園に入ります。
 あなたの意識は、急激に拡大をします。
 朝、お迎えのバスが来ます。
 始めは一緒に来てくれたお母さんも、バスの外で手を振って送り出してくれます。
 あなたは、一人です。
 でも、好奇心は、まだまだあります。

 幼稚園は、あなたの見た事もない大きな建物でした。
 庭には、ブランコや砂場や、たくさんのおもしろそうなおもちゃがあります。
 あなたの見た事のない、たくさんの人がいます。
 しかも、同じくらいの年代の子供たちが何十人も。

 遊びの時間です。
 あなたが、目を付けていたおもちゃがあります。
 あなたは、一目散にかけだしました。
 おもちゃに手が届きそうになります。
 と、別の手が伸びてきました。
 あなたのねらっていたおもちゃは、目の前から消え去ります。
 みると、年長組の、あなたよりも体格の大きな男の子が、どや顔でおもちゃを見せびらかしています。
「俺の勝ち!」
 あなたは、初めての挫折感を味わいました。
 悔しさを味わいました。
 怒りを感じました。
 怒りが前面に出れば、あなたは、その男の子に殴りかかるかもしれしれません。
 でも、体力差で負けて、投げ飛ばされてしまうかもしれません。
 あなたは、力関係を勉強しました。
 それで終わったら、何も学べません。

 次の休み時間、あなたは、その男の子よりも速く走る事にしました。
 猛ダッシュで、今度は、目的のおもちゃを手に入れました。
 おもちゃを取れなかった年長さんの男の子は言います。
「くそ!今度は負けないぞ!」
 あなたの中で、勝利感と、勇気と情熱を感じました。
 と、あなたの前に、あなたよりも小さな男の子が居ます。
 指をくわえて、うらめしそうに、あなたの手にしているおもちゃを見ています。
 あなたは、そのおもちゃを、その子に差し出しました。
「あ・り・が・と」
 と、その子がお礼を言いました。
 すごく、いい気持ちです。
 あなたは、同情や、共感を感じました。
 自分よりも強いものには、立ち向かうけど、弱いものは、守って、いたわる必要があるんだ、という重要な勉強をしました。

 あなたは、幼稚園から帰って、お母さんに報告します。
 年長さんには負けたけど、いいことしたんだ!
 もし、ちゃんとわかっているお母さんなら、あなたを抱きしめて、あなたの成長を喜んだでしょう。
 いいことをすると、褒めてもらえる。
 最高の教育です。

 すばらしいですね。
 子どもは、遊びを通しながら、重要な人間関係のお勉強をしていきます。
 自分と同じ自己中の生命体が居る。
 でも、自分の中の積極性を通して、どのように対応していいかを学ぶのです。

 でも、もし、はじめのところで、臆してしまったらどうなったでしょうか?
 あなたは、年長さんの前で泣き出してしまいました。

 もし、保母さんは、「泣かしちゃだめでしょ!」と年長さんを叱って、あなたにおもちゃを渡してくれました。
 あなたは、泣けば何とかなる事を学んでしまったかもしれません。

 もし、年長さんが、あなたと同じように「はい」とおもちゃを差し出してくれたら。
 あなたは、喜びと、感謝の念を学んだかもしれません。

 もし、あなたが、年長さんに臆して、逃げてしまったら……。
 あなたは、積極性を学べませんでした。
 気が付いたら、教室の隅で、一人遊びをしているかもしれません。

 もし、あなたが、目の前で泣いている自分よりも小さな子に、自分の取ったおもちゃを見せびらかしたら。
 あなたは、傲慢さや優越感を学んだかもしれません。
 あるいは、罪悪感を感じたでしょう。

 おもちゃひとつ。
 そこには、たくさんの学びの機会がありました。

 たくさんのアイテムがありますね。
 そして、そのアイテムの使い方を、たくさんたくさん、勉強できました。
 試行錯誤する事ができたんですね。



 あなたは、何を学んだのでしょうか?