わたしたちが、おぎゃあと生まれた時、私たちは、愛されていました。
ただ、愛されていました。
なんの条件もない、ただの愛です。
無条件の愛です。
赤ちゃんのわたしたちは、たくさんの愛に包まれていました。
もし、そのまま大人になったら、どうなるでしょう。
結婚して、子供ができました。
同じように、無条件の愛で、子供を包んであげることができるに違いありません。
そして、年を重ねていきます。
この世はいいところです。
きっと、すばらしい笑顔に違いありません。
「ありがとう」ですね。
でも、どこかで、この歯車が狂ってきます。
どこでおかしくなったのでしょう。
学校に行く頃になると、こんな風に言われます。
「100点取ったら、おもちゃを買ってあげるわ」
あれ?
100点取らないと、愛はもらえないの?
そんな子が大きくなりました。
バレンタインデーにチョコレートをあげれば、きっと、ホワイトデーには倍返しよ!
ホテルミラコスタのバルコニー付きの部屋で、ディナーがいいわ。
あれ?
愛には、条件が付くのでしょうか?
ものがなければ、愛を確認できないんでしょうか?
そんな人がいつもこう訊いてきます。
「私のこと愛してるの?どれくらい?本当に?」
言葉で確認できなければ、愛はないんでしょうか?
さあ、自分の愛を、他人の評価がなければ確認できなくなってしまいました。
私は普通?
私は美しい?
私はうまくいっている?
そして、年を重ねていきます。
「歯磨きしましょうね」
「ふん、わたしのことなんてほっといてよ!」
あれ?
自分を好きになりましょう。
背伸びする必要はありません。
等身大の自分でいいんです。
今の自分を受けれましょう。
卑下する必要も全くありません。
<感情>や<気持ち>も素直に出していいんです。
許可を与えるだけでいいんですね。
それだけで、よどんでいた水は流れ出していきます。
老子は、こう言いました。
「上善如水」
(お酒の名前ではありません)
上善水の如しです。
もっともいいのは、水のように素直に流れていくことだ。
「雪のひとひら」の一粒の水のように、高いところから低いところへ流れていきます。
障害物は、ただ、流れのままに避けていきます。
よどんでいるところがあっても、上からどんどん水は来ます。
どんな壁だって、気が付けば、きっと、乗り越えています。
また、自分に許可を与えるための参考文献です。
小泉吉宏さんの「ブッタとシッタカブッタ」のシリーズです。
最近では、中学や高校の先生もご愛用だと言うことを、学生に聞きました。
パット・パルマーの書いた「自分を好きになる本」「大人になる本」「夢をかなえる本」です。
子曰く、「知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ」ですね。
物事は水のように変化をしていきます。
当たり前です。
私たちの体だって、変化をしています。
私たちが食べた栄養が、新しい細胞を作り出しています。
7年程度で、私たちの体のすべての原子や分子のほとんどは入れ替わってしまうと言われています。
髪の毛や爪は、どんどん、新しくなりますね。
皮膚だって、どんどん入れ替わっていきますね。
それでも、私たちという存在の核となる部分の仁は山のごとく変化しません。
だったら、心の持ち方が変化したって、いいじゃないですか!
嫌な気持ちも感情も、どんどん、流れ去っていくんです。
昨日の、あなたではないんですね。
毎日、毎日、新しいあなたが生まれていくんです。
「変わっていいんだよ!」という、許可を与えましょう。