シャボン玉みたいに | MAPP

シャボン玉みたいに

幼馴染とかに会うと、なぜか虚しくなる。


それは話が合わないからとかではなくて、なぜか心の底にある孤独を自分が覗いてしまうから


無言の自分は、その温度の波長に合わせるだけで、全てがきれいごとに聞こえてしまう。


そういうときに覗いてしまうのは、自分の奥でそこにあるのは孤独なのだと思う。


それは歳をとるごとに、深く感じてしまうのだ


孤独を感じるのは、恵まれている。


孤独じゃない土台があるからこそ感じてしまうから


何も考えなくていい現実があるなら、そんなに幸せなことはない。


なんでも話せるようなのは、自分っていう別人なわけで


それが孤独っていう、なにか抽象的な黒い霧を呼ぶのかもしれない


もしこの霧が俺を飲み込むようなら


生きてるか死んでるかも教えてくれない、現実ってものをかっさらっていくのかもしれない