Wheel of Fortune

Wheel of Fortune

What is essential is invisible to the eye.



テレビドラマ「家なき子」の主題歌として、中島みゆきさんに委託され制作されたこの歌。
1994年。
今からちょうど30年前の事になる。

中島さんに制作の依頼がされたとき、次の事くらいしか決まってなかったらしい。

・安達祐実さんが、家のない少女を主演し、その少女は犬を連れている。

そこで、中島さんは、その、「犬」の視点をとっかかりにして、この歌を作ったという。
「犬」の視点から見えるのは「空」と「君」と、その間に降る冷たい雨。
だからといって単純に「犬の気持ちを歌にしたもの」というわけでもなく、「それはあくまでも、そこを創作の始点とした」ということらしい。
それをどう解釈するかは、受けとる側の幅があって良い、ということなんだと思う。

そのドラマの名台詞と言えば「同情するなら金をくれ!」
当時は、日本人のほぼ誰もが知っていたのではないかと。

「現実」の前では「言葉」や「ポーズ」なんてものは何の役にも立たなくて、本当に価値があるのは「行動」だけ。
あの台詞が生み出された経緯を僕は知らないけれど、僕には、そういうメッセージの込められた、ある意味「皮肉」のように感じられた言葉だった。

僕自身は、このドラマは殆ど見なかったけれど、さすがにその台詞は知っていたし、主題歌も含めて、否が応でも、印象に残っていた。

あれから30年も経つのか。
あまり自覚はないけど、結構長く生きたんだなぁ、なんて、思ってしまった(笑)。

そのドラマの主演となった安達祐実さんは、「具の大きいカレー」という商品のCMへの子役(というより幼子役)出演で一躍注目を集め、映画やドラマに主演するスターになったと記憶している。

そんな安達祐実さんは、今年43歳らしい。
中島みゆきさんは72歳。
時の流れに驚きを感じてしまう。

そういう時の流れの中で、ずっと変わらないものというのは、なかなかないものだと、実感する。

そういえば「Love is Here to Stay」っていう、ガーシュインが作った古い歌(Jazzスタンダード)もある。(こっちは1938年らしいので、86年も前。)
「僕らが知ってる、ラジオや電話や映画は、ただの過ぎ去って行く流行みたいなものかもしれない」という歌詞なんだけど、今や、本当に全部すっかり様変わりして(端的に言えば、全部スマートフォンやインターネットになって)いる。

変わる方が良いものと、変わらない方が良いものとがあるのだろうと思うし、自分自身の事については、それをどう判断するかは自分が決める事で、一つでも、その判断通りになるようにして行くのは、自分の努力次第なんだろうと、当たり前の事を思いつつ、実のところ「縁」の力も大きいのだろうな、と、思うに到った、

例えは30年とか、そういう長い時間にわたって、変わらずに大事にし続けたいと思い続ける事ができて、なおかつ、縁あって、それを実現出来るものというのは、尊いものなんだと思う。

だから、今も守り続ける事が出来ているものが一つでもあるとすれば、それは「自分一人の意思の強さだけによるもの」ではなくて「縁もあってのもの」なのだろうと思うし、そういう「縁」への感謝を忘れずにいられたら、と思う。

そして、そういうものを、たった一つでも、この先の人生でも持ち続けられたらいいなぁ。

出張帰りの新幹線の中。

仕事は何も出来ない状況だし、他に何もやることがなく、久しぶりに暇になってしまったので(笑)、ブログを書いてみます。


今の会社に移る前、間接部門で協力して、部門横断の業務改善を継続して行う取り組みを立ち上げた。


会社の事業・サービスを直接担っている直接部門に対し、間接部門はそのサポートを行う、縁の下の力持ち的な存在。


色々な背景・事情があって、間接部門は、お役所仕事化・縦割り化が進みがち。

直接部門からの不満は高まるし、当の間接部門の中の人達も、仕事のやりがいや誇りを失っていく。


前の会社に移ったばかりとき(今となっては5年以上前)に、その会社が急速な陣容拡大をする中、間接部門業務の色々なところを強化整備するミッションを受け、色々なことをやっていた。


仕組みは次第に整備されつつも、上記のような官僚的なところはいっこうに良くなる方向にはなく、むしろ組織が大きくなるにつれて悪化していたかもしれない。

まさにお役所仕事のように官僚的な大企業にかつていた僕は、その会社が同じような官僚的会社になっていくのを静観するのは真っ平御免で、だから、変えたくて立ち上げた。(いや、立ち上がった、か?)


組織を変えて行く活動は、当然ながら嫌われることも珍しくないし、色々な抵抗に逢うことが多い。

少なくとも目の前の利害・損得を見れば、大変なのに割に合わないそんなことをわざわざする物好きはなかなかいない。


僕は、自分のいる場所で、自分の納得出来ない事がまかり通っているのが我慢できない性分なので(サラリーマンに不向き?)、結局はただ「我慢できなかった」ということだったんだと思う(^_^;)


そんな活動を立ち上げて、この先5年で、自分の出来ることをやりきって、僕を拾ってくれて大事にしてくれた、この会社の恩を返すぞ~と意気込んでいた矢先(その運動を立ち上げてからたった数ヵ月後)、突如、会社の解散を告げられた。


業績は良く、将来に向けた次の世代への希望や期待しかなく、まさか解散なんて予感は全くなかったので、あまりに予想外のことに驚いた。


宙に浮いてしまったその運動をどう着地させれば良いのか悩み(もうすぐ解散するとわかっている会社を、今から改善することに意味を見いだして協力してくれる人がどこの世界にいる?)、かといって、会社が解散するとわかったとたん、その運動をやめてしまうのも何だか違う(何よりも自分的にカッコ悪すぎてイヤ)と思い、「次の会社に移る間接部門の皆が、移った先でも使える知恵をまとめあげる」というミッションを何とかして定義し、滑稽かもしれないと思いつつ、梯子をはずされた中でやりきった。


色々とやりきれない思いはあったのだけど、こういうことを、会社から給料をいただきながら思いきってやりきるチャンスは誰にでも与えられるものではないし、そんな無意味かもしれないことを最後までやる許可を役員からいただけたし、自分にとって貴重な経験になる確信だけはあったので、一切手を抜くことなく、全力でやりきった。


組織改革には、「空回り」というのはありがちなつきもので、空回りが恐かったら組織改革なんてできる筈がない、と僕は思ってる。

元々、空気を読んで周囲に合わせる事がとても苦手な性分なので(協調性がない?)、その代償として空回りには慣れるしかなく、なので空回りにはわりと慣れていると思う。


けれど、これは究極の「空回り」だったし、どうせならとことんまで究極に空回りするのも二度と出来ない経験かもしれないと思い、開き直ってバカみたいに空回りした。


当時、社内SNSを立ち上げていて、その場所を使って各種の情報発信を最後まで続けた。


会社が解散し、それぞれが別々の会社に移ったあとも、しばらくは残しておくことにしていたのだけど、それから一年経ったので、一年ぶりに最後のメッセージを投稿して、その翌月に閉鎖した。


皮肉なことに、今までの人生で圧倒的最大数の「いいね」をいただいた(笑)


そんな酔狂をやったので、おそらく、そのなくなってしまった会社の人達の中では有名人になった(笑)。


こちらが知らない人でも、向こうはこっちを知っていることが多い。


こんな話を何故今頃になって書いているかというと、そんな過去の酔狂の「報い」を、今になって受けることになったからだ。


4月の組織再編で、たまたま、その会社の社員だった方が自分の隣の部門に異動してきた。

部門またがりの歓迎会があり、たまたまその人の隣の席になり、かつてその会社にいた人だったことも知らず、挨拶をしたら、「あの○○さんですよね?社内SNSの活動が熱くて印象的でした」から始まり、好印象で話すことができた。


それが僕の中では、内心とても嬉しかった。


思えば、当時の総務部門の部長(こちらはかなり最初からの知り合い)からも、そのSNSの最後のメッセージは「自分の思いも代弁してくれているかのようで、激しく同意した」といったメールを個別にいただいたり、そんな感じで、思わぬところで思わぬ反響をいただくことは今なお時々ある。


直接の言葉はなくても、その会社にいた人達の多くが僕のことをポジティブに受け止めてくれている感触を持つことは多くて、思いもしなかった形で、知らないうちに信頼の貯金みたいなものができていたのかもしれないな、と感じる。


人生は、目先の損得では計れないものがあると思う。

目先の損得を気にして、自分が本当にやりたいことや言いたいことを我慢していたら、その事自体が大

きな損なのかもしれない。


日々起こる出来事や選択は、最終的に良いことだったのか悪いことだったのか、人生が終わる最後の最後までわからない、ということを言った人がいたのだけど、ホントにそうなんだろうな、と思う。


どうせわからないなら、自分の人生は、「他の誰か」ではなく、なるべく「自分の」価値観や思いで選択して行くのが良いのかな、と、自分的には思う。

 

 

遅ればせながら、食卓のアレンジを紫陽花から夏の金魚に変更。

お気に入りの手拭いの一つです。

 

お気に入りの器で、料理は、自家製青唐辛子で作ったタイ風サラダ。

メインの食材はオクラとシラスです。

 

タイのサラダといえば、ヤムウンセン(春雨サラダ)やソムタム(青パパイヤのサラダ)を連想しますし、比較的材料の入手しやすいヤムウンセンは何度も作りました。

 

ただ、奥さんのために炭水化物控えめにしているので、最近はヤムウンセンはあまり作らず、季節の野菜を使うようになりました。

味付けはヤムウンセンそのままなのですが、どんな食材でも、それはそれで美味しいことを発見して以来、こんな感じが増えました。

 

桃モッツァレラとサーモンマリネ

 

サーモンマリネは、アジアン用に買ってあった紫玉ねぎと自家製ディル、自家製ミニトマトで。

 

夏野菜のイタリア風炒め

 

オクラ、パプリカ、ゴーヤなどの夏野菜と豚肉を、ニンニク・自家製青唐辛子で炒めました。

炒めた野菜の甘み・旨みに、唐辛子の辛味と少量のゴーヤの苦味が良いスパイスとなり、自ずと元気になり、夏バテ対策にも。

あっという間に完食です(^o^)