7月に入り、たまっていた有給を消化している。
つまり仕事に行かずに「お休み」を頂いている。
ここまで1週間と半分が終わった。先週は、これまで「やるやる」と言って「やってこなかった」ことを中心に片付けをしていた。
長年放置していたこと
例えば
- 自転車の修理(ギヤを変えるワイヤーの交換)
- (付き合いで作った)使っていない銀行口座の解約
- いろんなWEBサイトのID・PWの整理整頓
- 度が合わなくなっていたメガネの新調
- キャップの修理
これらは1週間半で全部終わった。自転車はずっと気になっていたのでギアチェンジの度に「修理してよかった」という気持ちになって満足度が超高い。
銀行口座もスッキリしてよかった。だけどネットバンクかつ、そのサイトが使いにくいため、結局、ネットでは解約がうまく行かず、メールして事情を説明、その後、電話がかかってきてやっと解約…とすごく大変だった。ネットバンクは有人対応がないから、何かトラブルと本当に煩雑だと思った。
キャップは…Youtubeでいろんな人の修理動画を見た。結果、ダイソー等で針仕事コーナーをうろうろして使えそうな素材を見つけてやってみた。ま、本人的にはこれで十分なので良しとすることにした。
退職決めたからリストに追加したこと
- この先数か月のスケジュールを立てる
- 区役所へ国保の保険料を確認に行く
- 協会けんぽに任意継続の保険料を確認する
- 家の中の修繕
など等。
これが働いているときは「明日あした」と思って先送りしていたのに、かなり短時間である程度片付いてしまった…
ここからが問題というか…
よく「退職後の人生が暇すぎる」とか「誰とも話さない」とか、「行くところがない」「友達もいない」「仕事している方がよかった」など、シニアの皆さんがおっしゃっているのを見聞きしていたけど、その意味が少しわかり始めてきたところ。
確かに「与えられる何か」の全くない人生が始まった時、「内側に『やりたいこと』=人生のミッション」の有無で、その人の生きる意欲みたいなものがすごく変化するんだろうなと実感し始めている。
自分から動き出す人生って
結局、人はなんだかんだと「受け身」で「外から」与えられた何かを「やらされている」うちにほとんどの時間が消化されていくんだということに思い至った。そして、その間に「自分の人生のミッション」なんて考えることも、ほとんどないまま、ある日、「ぽーん」と真空状態に放り出されて、初めて「俺、何したいんだっけ?」と後付けで膝を抱えてしまうのかもしれない。
そんな「対岸の火事」的な思いで見ていたシニアの皆さんの大変さを垣間見た気がしている。(そうはいっても自分もシニア予備軍なので同じ側にいるのは間違いない)
ただ、「やりたいこと」なんて大げさな話ではないようにも思う。半径3メートルの人の付き合いの中で、ひと様に喜んでもらえる何かができればそれでいいじゃなないかと。
だからこそ、受け身の生き方は捨てないといけないように感じた。「くれくれ」と言っているだけでは、長続きする満足は来ない。「飽きた!誰か俺を満たしてくれ!!!」とすぐ「次!」となる。最初はそれでも目新しい何かが見つかるかもしれない。その先に次がなかなか来なくなってきたとき、その人は生きる意欲が枯れていく。次第に「どーでもよく」なり、最後は「孤立」していくように思う。やばいパターンだ。俺もこうなるかもしれない。
さて、この先やるべきこと
- ベトナム旅行の準備(LCC機内持ち込み重量制限7キロチャレンジ中)
- 青春18きっぷの仕組み・概要の勉強と国内プチ放浪のプランニング
- 企業型確定拠出年金の引っ越し(その前に仕組みの勉強)
- その他、退職時(8月末ごろ)の手続きの確認
- ハロワの手続き
- 待期期間の過ごし方のプランニング
- 英語勉強やり直し
- ベースギターの練習(ずっとやっているので継続案件)
働くことについて
今、オーバーホール中で、何も考えていない。(こんな俺の様子にも、カミさんはゆったり構えているからすごい。勿論、退職前にはしっかり話し合った。)
ただ、自分の好きなことをキーワードにして引っかかることをやっていきたい。
お金は食べるだけいただけたらそれでよい。同時に「一緒にいて楽しい人たち」と過ごす時間を増やしたい。食べるための仕事と過ごしたい人たちと重なったら一番最高だろうと思う。ぜひ、そういう風にシフトしていきたい。
人生第四コーナーあたり、ゴールに向かって4S活動(整理・整頓・清潔・清掃)だ。
※しつけ(5Sの最後)は自分自身が自分に新しい生き方を「しつけ」しないといけないな。そういう意味では5S活動中か。
結婚して以来、バリカンしか使っていないヘアスタイル。
28年ぶりに伸ばしてみた髪の毛がいい感じに天パー気味で新しい発見だった。
