きのうの「朝日新聞」24面。歌人・細胞生物学者の永田和宏さんの寄稿。
題は「危機を詠む 歴史に残す/コロナ禍 万の歌でみえる生活者の声」。コレに出てきた歌を紹介といこう。しかし。永田さんにゃあ失礼だが、変わった肩書だね。
🤔🤔🤔
ウイルスが広がっているのでは
ない人がウィルスを拡げている
服部 秀星
ウイルスをゴルフボールとする
ならばマスクのメッシュは網無
き網戸 原田 浩生
犬を抱きお茶飲む人のツイッタ
ーに35万の「いいね」つく国
今西 富幸
テレワーク出来ない人が支えて
る文明社会の根っこの部分
藤山 増昭
☆☆☆
この歌をみれば、コロナ騒ぎであからさまになったアタシら民草の姿がどんなモンかよくわかると思うね。
何だかんだといってはいるが、アタシらは賢いたあいえねえし、つまるトコロは貧乏人だてえコトだ。
コロナ騒ぎのなかでウマくやってるつもりでも、それはホントに「つもり」で、実のトコロは右往左往してるだけ。調子に乗ってると、そのうち「高ころびにあをのけにころばれ候ずる」(©️安国寺恵瓊)になるってコトだね。
は? 「アンタのいいぐさはミもフタもない、ユメもチボーもないね(©️東京ぼん太)」ですかい?
はいはい、すみませんね。それじゃ、永田さんの寄稿のシメんトコを引いとく。コレを読むと、チカラが出ると思うよ。
🤔🤔🤔
(前略)
歴史上の出来事は歴史書が後世に残してくれる。しかし、その歴史の真っただ中で生きていた生活者の声は歴史書には残らない。歌は庶民の声を残すのにもっとも適した詩型である。一首では時代の声は伝わらないが、万の歌があれば、そこに紛れもない人々の声が聞き取れるはずである。「万葉集」とは見事な命名であり、万の葉の戦ぎのなかにこそ、くっきりとした木の存在が見えてくる。新聞の歌壇は、そのような存在であって欲しい。
☆☆☆
永田さんが、最後に新聞の歌壇ウンナンといっておられんなあ、朝日歌壇の選者だからてえコトがあんだろうけど、いってるコト自体はスジが通ってんね。
そういうワケだ。兄さん姐さんも、一首詠んでみちゃあどうだい? 気晴らしになると思うよ。