発売当初、有川さんの、新作だ!
と思って即購入して半分まで読んだのに
本屋に行く度、新しく読みたいものが増えて
手を出してしまう癖があるもので、中途半端になっていた「明日の子供たち」の感想をツラツラと綴っていこうと思います。
最近やっと学校も始まり、電車の中で読む本を棚から採掘していたら「そういえば、これ読み切ってないじゃん!」と気づき今日読み終わりましたー
率直な感想は『泣きたい気分になる』でしょうか?
決して悲しいわけでも無いし施設の状況を悲観している訳でもありません。
ただ、有川さんが小説にしてくれたおかげで正しい状況・心情・問題がわかった。
その事が胸に染みたというのが、多分一番適切だと思います。
『本は知らない世界を見せてくれる。』
よく聞くフレーズです。
私は多分同世代より多くの本を読んでいると思っています。
そして、読む時はその人になりきって「確かに、そういう気持ちになるよなー」「私だったらこう思うけどなぁー」とあまり意識せず感情移入しながら読んできました。
ですが、今考えてみるとカナに感情移入したことは無かったと気付きました。
和泉にも三田村にも梨田にだって共感できる部分があったのに…
カナに感情移入が出来なかったのは、「あ、そうなんだ」と気づかされることの方が多かったからだと思う、
例えば、カレー
施設では調理員さんが毎食改めて作ってくれるため同じものが続くことは無いという。
まず、驚きだ。
私の家では食品を捨てないために母親が前日のおかずを味や形を変えて「リベンジ商品」と銘打って出してくれる。(しかもおいしい)
私も周りの子もお弁当に残り物のおかずが入っていたり、朝からカレーだよって文句をいう子がほとんどだ。
つまり、身近にカナがいない。
カナが「そうなんだ!」と思うところが私にとっては「そうなんだ!」で二重の驚きがある。
カナの生活は私の生活と違過ぎて無意識に感情移入が出来なかったのだろう。
もうひとつ例を挙げると金木犀の話。
本の施設の子は芳香剤の臭いだと思っていたらしい。
確かに思い返してみると、歩いている時に「金木犀のいい臭い」と母親が呟いたのがきっかけだったなと思った。
そうやって子供は些細な常識を親から学んでいくんだと、初めて考えた。
この本から学んだ一番のことは
「施設にいる子供は可哀想という概念が間違っている」ということだと思う。
親から虐待されて亡くなってしまう子供のニュースを見る度可哀想だと思った。親がひどいと思った。周りは何をしてるんだと思った。そして、施設にいる子供はそんな過酷な状況に生まれてしまって可哀想だと、
施設に入る前の状況を勝手に想像して悲観し、同情して私は理解があると満足している。
………そんなところだろう。
私はカナの施設に入れて幸せだという意見に
素直になんで?と思った。
そんな見方は無かったから
でも、話を聞いて深く納得した。
逆にそうとしか考えられなくなった。
「親が子供を捨てたんじゃない、社会が親として認めなかったのだ。」
ちょーーー納得!そうだよね!
だって子供は親を選べない。子供は悪くないんだから。
もし、私の親が暴力を振るう人だったら…
口答えは出来ないだろう。
今のような夢はできただろうか?
趣味は持てただろうか?
多分色々違うだろう。
そして、他人から哀れみの目で見られることを嫌うだろう。
知らないのに勝手に満足してんじゃねぇー!
って叫びたくなるだろう。
本が知る由も無かったカナの人生を教えてくれた。
少なくとも、この先
施設出身の人に会ったとき
ただ可哀想だとは思わないだろう。
なにも知らずに接するより知ってて損はない
知識は水だ!独占してはならない!(ぺこぱw)
この作品を通して児童養護施設の状況を世間に広く知ってほしい
そう考えさせられた。
高校生の私にできることはなんだろう?
タイガーマスクのような大きな事は出来ないけれど
幸い、私は自由にプレゼンができる授業を取っている。テーマは自由だ
せめて、同じ授業を取っている同世代が軽くでも理解してくれればと思っている。
私もカナと同じ明日の大人たちである
議員になるつもりはないけれど
子供は明日を変えることができる。
とてもとても、考えさせられる本だったと軽くまとめておこうと思う。
