個人的体験であれ学説や論評であれ、言っていることがその所属するグループや社会に理解され受容されるためには、それを可能にする環境が必要である。
p21:「ヒステリーのルーツには児童期の性的搾取があるというフロイトの発見は社会が真実として受け容れられる限界を超え、フロイトは同業者から完全に陶片追放を受けた」
そしてフロイトは自説を自ら斥けたのである。
個人や社会は相手の主張を自分の知識や経験、理解の範囲内で受け容れようとする。範囲に外れたことについては「そんなことはないだろう」とはじめから否定しにかかる。
サバイバーのカミングアウトが受け容れられるためには、話す相手が心的外傷についてあらかじめ一定の知識をもっている必要がある。
フロイトの当初の学説も、それが学問的にあり得ないから否定されたのではなく、上流社会で幼児期の性的搾取が常態化しているはずがないというフロイト自身を含めた学会の思い込みがあったからであり、学説を支持する団体と言えば学会が白眼視するフェミニズム団体しかなかったからである。