五十歳を過ぎると残された時間で自分にまだ何ができるかおおむね見当がつくようになる。人生五十年の時代ならすでに老境というところ、若いころの志は実現できたものも遠く及ばなかったものもあり、ともに感慨深い。
老去功名意転疎
独騎痩馬取長途
孤村到暁猶燈火
知有人家夜読書
宋代晁冲之の七言絶句「夜行」に出会った。
「名を成そうとした若年のころの志はとうになくなり
ひとりやせ馬にまたがって旅途についた
田舎の村では明け方まで灯りがともる窓がある
ここにも夜書を読む者がある」
老人は窓の向こうの若者にかつての自己を投影する。
過去を思う老人と未来を目指す若者の時間軸が灯りを通じて交差する。
登第を目指して勉学する姿、それは詩人にとって懐かしさでありまたむなしさでもある。
しかし、この詩の余韻が深いのはノスタルジーのためだけではないだろう。
老人の情緒が向かうのは常に過去のみとは限らない。
若者に触発され残された時間でまだ何事かができないだろうか?
再びの奮起。
達成できなかった理想の自己に近づくために、窓辺にともるのは今一度の起歩を促す鼓励の燈火である。