Ts君の幻影(2)子どもを取り替えたい

 お使いから帰って来るなりK君の母親は目を剥いてK君をにらみつけた。

「ああだめだだめだ! お前なんかどこにも受かりやしねえや!」

 確かに高校に上がってからK君の成績は下がり気味でぱっとしなかったが、母親が突然こんなことを不機嫌にわめき始めたのには理由がある。K君の中学時代の2年先輩で隣県のM高校に越境入学した例のTs君が、TH大学の医学部に現役合格したと聞いてきたからだ。

「見ろ! Ts君のお母さんなんか鼻高々だ。胸に勲章つけてるみてえだ。お母さんなんかなんにもねえや。お前なんかどうせだめだ。」

 Ts君のお母さんはおとなしく謙虚な人で、息子がどこに受かったとしてもことさら自慢なんかする人ではないので、訊かれたからお陰様でと普通に答えたに違いないのだが、その落ち着いた様子がK君の母親には却っていまいましいらしい。

「ああお母さんはTs君のお母さんになりてえや。お前なんか取り替えちゃいてえ。Ts君が自分の子だったら胸張って歩けらあ! お前なんかじゃ恥ずかしくてしょうがねえ。」

 そう言っても自分の受験はまだ2年後だ。Ts君が大学に受かったことで今自分と較べてこき下ろされてもこっちは仕方ないではないかとは思ったが、それを言うと火に油を注ぐのでK君は黙っていた。

 

 大人になって思い返すとこの時とんでもなく酷いことを言われていたのだが、K君の母親にはありがちなことだったし(お前なんか産むんじゃなかったと言うことだってしばしばあった)、いつものように自分をむなしくして時間が過ぎるのを待った。

 K君はこのようにストレス場面であっても、冷静に母親ないし父親をみてやり過ごしている時のことは、その細かな状況や一言一言のやりとりまで目の前に映像化して思い浮かべることができるほどよく覚えている。

 しかしながら悔しさで胸がいっぱいになったり、怒りに震えたりしたような場面のことは、その感情のみが残って詳細なやりとりまでは記憶していないことが多い。

 

 この時K君は冷静で、だからこそ2年先でなければわからないことで今責められてもしかたないなどと反論しないでやり過ごしたが、中学の時の制服の一件のこともあり、母親の評価を得るにはTs君が基準になることを深く自覚したのである。しかしながら大きすぎる学生服を高校3年間着続けたように、母親から与えられたTs君という目標は、K君にとっては大きすぎるものとなった。