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颯 椋のブログ 2011-2012

三日坊主のお父さんが、1年間ブログを書けるのか挑戦してみましたよ(笑)

颯 椋のブログ

「・・・たとえば回路を進み どのくらいの難解さかは 時期に知らず

 やがて地図は意味を忘れ 固定からの解放 実は永久に 進むそれは変わらず

 

 それ自体がすべて 深さに変わりなく 根底は果てしない空彼方へ 

 終わるように続いては 流れを止めようとはしない


 中心への拡散と 何もなかったように 合流と


・・・たとえば回路を・・・」




僕たちは気付かない、かつて見た景色を、何度も辿り着いたこの風景を。


                               休日のサラリーマン「回帰」より


颯 椋のブログ

「それは現れ続けるのだ すべてを知ることに似て知らぬように

 部分は決して全体を知ることはないことを 意識の母体は暗黙の了解として 

 今も尚無言のまま交信し続けているのだ 

 生まれて生まれを知るこを許す行為は どこまで許され続けるのか

 そして発見は何を見失い続けているのか

 生命の向こうを覆う何も見えない逆光そのものの果てを

 この未来はこうして尚も

 未来であり続けるのだ」


なぜ人はこの尺度を選択し、観測し続けているのか。

人類ヨ、深ミニ昇レ!

                       2年1組すうがくかずお「超越関数・π」より

颯 椋のブログ

 人類の季節と呼ばれているが そこに選ばれた正しさはない

 かつての「   」は微塵にはじけ 広がりの中で広がりを集めながら

 自らが微塵であることに 砕け続けている


 行為そのものが「   」であるのに 

 相対の囲いの中で発生と消滅の連鎖を超え

 愛を予言された正しさを探してしいるのだ


 「   」はいつもその中間にあることを示す

 しかし人はその中間を選ぶことができない

 選べばそこに 中間の中間が現れ続けるからだ


 だとしたら選ばれたとはなんだ 正しさとは愛とはなんだ


 人類の季節は その反意を含めたパラドクス反応の

 中間そのものなのかもしれない



写真と文のギャップが凄いね(笑)

                      2年1組てつがくてつお「 答え 」より