突然のことだった。昨日まで傍にいた親友であり、戦友が犯罪者になった。
ふたりで立ち上げた会社の金を横領。
それも億単位。今や数百人規模、傘下を合わせれば千を越える社員がいる。
学生の頃から、夢を語り合って、それをふたりで現実のものにした。
小さなプレハブから始まり、ビルを建てられるくらいになった。
社長は俺、副社長にと言い出したのはヤツの方。
頭が良くて、機転が利く、広い目で取り組む姿勢、社員たちからの信頼も厚かった。
そう、信頼できる人間だった。
逮捕されても、実感が湧かない。
テレビの報道、ネットのトピックスにある、他社の騒動のように捉えていた。

しかし、これは、紛れもなく自社の事件で、俺とアイツの問題。

社員たちに路頭を彷徨わせるわけにはいかない。
この先を不安に思わせることも避けたい。
社員たちには生活があり、家族があり、安定を保つことを第一に考える。
俺の感情論は、後回しで構わない。
社長として、副社長の解任、告訴。
会社は継続、何ら変わらないことを、まず社員たちに告げた。
とはいえ、売却できるものは処分、幹部の待遇も見直し、金作りに毎晩、会社に泊り込み。
こんなことは、なんともない。なんの疲れも感じない。アイツの裏切りというのか、暴挙と表現するのが正しいのか、それが理解できなかった。
まったくのノーマーク。信頼、信用と、いえばアイツの顔が真っ先に浮かんだ。
それは、すぐには変わらない。
犯罪者になったのに、金を盗んだのに。
逮捕後、まだ話しはできない。
それに、責める言葉も浮かばない。
お人好しとかではない。周囲がアホだとか、目を覚ませだとか思っていても。
何年、何十年の月日をともにして、ふたりしか知らないことや会話、行動、数え切れない困難を乗り越えてきた。
親友で戦友がアイツだったからここまできた。くることができた。
だからこその衝撃と失望はある。
アイツを目の前にして、一声目にでる言葉が何になるのかわからない。
今は、社長としての責任をまっとうしよう。
アイツとのことは、それから考えよう。
なぜか、億単位の金を泥棒したアイツに対して、感謝の言葉しか浮かばない。なぜだろう...