昨日は恵比寿で飲んでた、なかなか面白い街で、ふと出会いもありそうなそんな雰囲気があったな
まぁー無かったんだけどね
絵が描けない分、普段自分がいかないようなところへ行って自分の感性をなんとかなだめているような気がする
描いていないと自分が半分になってしまった気がする、イメージとしては中身が全部くり抜かれて表面だけが残っているようなそんな気がするんだよ
空っぽだと何も描けない
自分はなんてダメなやつなんだ!!と最近思っていたけれど
どうやら違うらしい😌
描けないんじゃ無い、描いてないだけなんだ
心が空っぽで描けないんじゃなくて、描いていないから空っぽになっていく
心に湧いたものを描いて行くからどんどん消費しているように感じていたけれど、実際は違う、描けば描くほど僕は何かを獲得していると思う
僕が本当に画家として今後、絵を描かなくなる時ってのは自分に満足してしまった時なんだろうな
僕は何かを渇望している、それは自分でもはっきりわかるしそれが何かもわかってる、それを見つけて理解するためにはなんとしても芸術が必要だと感じる
この芸術というヤツが僕を守るし僕を崩すし僕を奮い立てるし僕を負かすし僕を許してくれる。
こんなに幸せに生かさせてもらって良いのだろうかと一人で皮肉を言ったりする、僕なりには感謝なのだけど、それが少し皮肉に捉えてしまう節があるのは僕がまだまだこれから成長していく伸び代があるという事だと思う💁♂️
実は楽しい時間は速い、つまらない時間は遅いと言うけれど、僕はどうも逆に感じる
絵を描いている時密度の濃い時間をゆっくりとしっかりと進んでいる気がする
絵を描かずぼやっとしている時無駄に早足に流れる時間を惜しみながら横目に眺めている
時間は有限
自分の時間をしっかり生きれる人は、もしかしたら時間の有限をわからない人と比べるといくらか転生を繰り返したかの如くの密度の差があるんじゃ無いかな?
永遠を生きるように苦しみ嘆き怒る人がいる
けど実は違う、苦しい事も楽しいことも有限
いつか終わる
ここで、じゃーもう良いやと思う人と
じゃーもっとこうしてみようと思う人にまずは別れるんだろう
今日から時間の進みが遅い、芸術をやるのにもってこいの日というわけだ
今日は芸術日和です👨🎨