近所のツタヤが潰れました
かれこれ3回引っ越していますが、僕の引っ越しの条件にツタヤが近くにある事が必須条件なのです
まさか潰れるなんて思ってもいなかった
だからついに隣町のゲオに通う事になったのです💁♂️
昨日は「響」という邦画を鑑賞
衝撃的だし物語にすぐ引き込まれました、平手友梨奈さんがぴったりハマってましたよ
柳楽優弥の存在感もバッチリ
小栗旬はラストに向けてグイグイ迫ってくる感じが今か今かと見てるこっちをハラハラさせました
中盤少しテンポが柔らかくなったのは多分原作と少し違うとか描ききれなかった部分を盛り込んだパートだったかなと思います
しかし全体を通してみると芸術的な観点から見れてとても良かったし、芸術を通して生き方を問いただそうとしてくるあたりが僕にはハマりました
ストーリー展開も緩急があり、どちらかといえば急でしたが、飽きずに最後まで行けました🙏
良かった👌
話は変わりますが、昨日銀座のとある画廊で作家さんと話し込んでいたのですが、なかなか単純に僕が薄っすら抱いていた疑問の答えが出た気がしました
それは捉え方によると思うのですが、僕にとっては話せて良かった事です
その人に最後に言われたのです
「他人のたかだか思いつきの言葉であなたの心をかき乱されないようにしなさい」と。
今まで画家としてチクチクと文句を言われ続けていますし、無視なんて当たり前です
しかし、心をかき乱されることはないです
よっぽど今回みた映画「響」の方が心をかき回されました😂笑
多分僕が好きな事をまっすぐやっているから横槍程度じゃブレはしないのです、もしぶれるとすれば、自分が自分自身に投げかける問題からの綻びだと思います
本当は人間皆そうです
人に言われたからじゃないはずです
人に言われてそれを自分がどうするのか?を問われているわけです、単なる一方通行に流れてきた言葉です、有り難く受け取ったり、横目に流して行ったり、真に受けて自分を綻ばせたり、全ては自分に委ねられたことのはずです。
だから、自分の事も相手には押し付けられないなぁと僕は思うのです、芸術はそういう宿命を負っています。