今日、夜空が薄っすら明るくなってきた頃
僕は外でタバコを吸ってました
気持ちを落ち着けるために
ずっと気になっていた映画があったのですが、悲しくなるのがわかっていたから見れなかったんです
しかし今回思い切って見てみたのです
「八日目の蝉」を。
名作ですので皆さんも見たことがあるという方は多いかと思われます
間違った愛でしたが、本物の愛でした、
本物の愛だけに愛おしく
間違った愛だけに切なかったです
僕は画家ですのでもちろん考えたのです、映画は2時間というのが相場です
絵画は一枚です
同じ芸術作品として、僕は画家として
一枚の絵画にあれほどの感動を込めることができるんだろうか?と思いました
考え始めると
とても電気を消してベットで夢に落ちて行くなんてすぐにはできなかったんです
根本的に映画と絵画ではもちろん違いがいくつもあります
起承転結を2時間の中で組み立て、見るものを引き込んで行く力
絵画には起承転結のどこかが描かれ、それ以外を鑑賞者にお任せする様な形です
絵画は共感を求める手段では無いです
絵画には鑑賞者がそれぞれの人生を重ね合わせることができますが、みんなが共通した物事を共有するものでは無いです
それなら絵画はなんなのでしょうか?
僕はなぜ絵画に感動してしまうのでしょうか?
絵画からなにを感じ取っているんでしょうか?
先ほども言いましたが映画には2時間という時間と、その映画の中に流れる時間を共有することができます
時代を超えてその映画の中で時間が流れています
僕は、絵画には時間の概念が無いというのが感動を呼ぶ1つの要因だと考えています
もちろん制作年月日と時間帯は割り出すことができます
絵の中の時間は止まっている(様に感じる)
実はそうではなくて、絵画はどの時間にも同じ様に流れています
その絵を描いている画家を正面に見ることが出来るんです
その絵画の向こう側、ギャンバスの向こうにはその画家が、生きて今も制作をしているのです
描き始める前にキャンバスを眺める画家が見えます
描き始めてキャンバスで筆が擦れる音が聞こえます
画家の心中の機微が伺えます
休憩してタバコを吸っている画家の様子が伺えます
ブツブツと独り言まで聞こえてきます
描き上げた画家が立ち上がるのが見えます
その絵画を覗き込む沢山の人々が見えます
一人一人がその絵画へそれぞれの人生を重ねるのが見えます
素通りする人も見えます
その絵画を前にした歴史が全て同時にそこに見ることができます
絵画にはその絵画自身が体験した全てが同時に再生され続けています
その絵画の中の時間も同時に同じように流れ続けています、その瞬間を描いた時間が永遠と流れています
映画と絵画では条件は違いますが
芸術として確実に時代を超える力を与えることができるはずです
そのためにできることが今、この瞬間にも、芸術に真摯に愛を持って打ち込むこと以外に無いという事なのだろうと僕は思いました💁♂️
その積み重ねが、芸術に命を吹き込むかなとになるんでしょう