なぜ描きたいと思うのでしょうか?
義務教育の学校で教えてもらったのは描くことだけでした、美術史の勉強をしたわけでもないです
学校に通う前から僕は絵を描いていました、描きたい対象がありました、描きたい、とはいったいなんなのでしょうか?
人間の本能でしょうか?
とにかく僕には描きたいと思う気持ちが勝手に湧き出してきます、旅行先の景色や考え事をしている時、ありとあらゆる時にそれはどういう絵になるのかを考えています。
本来それは仕事になるはずはないものです、商業としての画家であればわかりますが、いわゆる芸術家というものは自分の心の声に突き動かされて描くわけです、注文がなければ描きたくもないなんて事は無いはず
非常にあやふやな世界です、お金がなくては生きて行けません、けれどそれで生きて行けたなら本当に素晴らしい事だと思います。
目指すものの重きは自分の心においておきながらそれが生活の糧になると嬉しい、人のために描いたわけではありません、つまり誰かに認めてもらいたい?
んー、そういうわけでもありません、飯田大輝を理解したと言い張る人が出てきたら複雑な気持ちになります
わかってもらいたい反面わかられたくもない、本当にめんどくさい人種です。笑
地位や名誉や金、他にも女や車や時計や家、お金持ちについて回るイメージです、テレビや本なんかでみるイメージですので実際には多種多様ですけどね🤣
この世界は本当によくできています、無一物でこの世に落ちて、無一物で昇っていく。
人間が所有しているものは何も無い、いっときだけ借りたものに過ぎず最後は全てが没収
しかも借り入れの期間は決められないしいきなり昇らなければならなくなることだってあると思います。
僕はこの貸し借りの期間は関係ないと思ってます、よくある言葉で言えばあの世に金は持って行けない。
アンディーウォーホルも「墓場で1番の金持ちになる事が夢じゃ無い」と言っていました。
この世で手にした物は一切の狂いなく完済せざるを得ません
けど実は心も同じだと思うのです、心の借金も完済しなくては行けないと思います
死んで逃げ切れる事が何一つこの世にはないです。
ただ、ひとつだけ
与えた物、ここも考え的にはものというよりか気持ち、いわゆる愛などは絶対的にどこでも影響力のあるかけがえの無いものだと思います。
僕は画家として、気持ちの面で何か投げかけて行けるよう活動すべきだと思っています。
自分の心が満足するための行動や言動を与えればそれは自分の心の借金です、返す方法は人のために…だと思います。
今日言いたかった事は、画家としてのお金をいただくにしても愛のあるお金、気持ちく受け取れるよう自分がそれに見合ったむしろそれ以上の心が無ければ引け目をかんじるのかもしれません。
前提として僕が画家として愛を持って絵筆を持つことが無くては何にもならないという事です。
いよいよ明日から画家、飯田大輝のIdeologieの確立を文書におこしてゆきます。
今日の一枚は、油絵を初めて4枚目の超初期作品です。
祈る時、喜びの中にいても、たとえ自分が哀しみの底であっても
その壁の向こうで何かが起こっているかも知れない
いわゆる奇跡のようなものが誰かの頭上に降り注いでいるかもしれない
自分もそれを受けていることを忘れてはいけないとも思う。
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