先日、神戸で40人くらいの学生達と
マネーマネジメント講座のカリキュラムを検討するミーティングを。
カリキュラムの検討の予定がいつの間にか人生相談に。
「お金がたまらないのですが、どのようにしたら?」
「面接の時に社会人と学生の違いを聞かれたのですが?」
こんな質問が出だすと、
学生達が身を乗り出して、
真剣にメモを取り始める。
学級崩壊。
小学生達が授業中でも走り回り、
先生のいう事を聞かないと問題に。
これは、大きく2つ。
1.工業社会が終わり、情報社会に。
工業時代に作り上げられた
学校と言う仕組みは、
箱の中に閉じ込めて、
一定の期間おとなしく作業する事をする癖をつけさせる
教育機関。
すなわち、
大量に規格品を作り上げるのに
最適な人材を作り上げようと考えられた仕組み。
その時に求められるスキルは
「まじめ」。
だから、
正門には薪を背負って勉強した
二宮金次郎(知らない?)の銅像が。
その報酬が、
大企業に入れるだった。
今は
大量生産の会社に勤めることは
2流。
そんな格好悪い
仕事には就きたくない。
そんな風潮の時に
「まじめ」は
格好悪い事。
「まじめ」は
虐めの対象。
個性のある奴がヒーロー、
ヒロインとしてもてる。
2.お金を払えば、大人も自分を一人前に扱ってくれる。
今のコミュニケーションの基準は「お金」。
知らない大人に対してでも、
お金を払えばなんでもしてくれる。
お金を払えば、
タクシーに乗ってもお客様。
コンビニで何でも買い物できる。
レストランでもお子様ランチではなく、
ステーキが食える。
お金を払えば、
大人は何でもお客様として接してくれる。
だのに、
どうして、
先生は偉そうにわたしに命令を出すのだ?
私は学校に習いに行ってあげている
お客様。
教え方が悪かったら、
ママに言って、
いつでも変えてもらえば良いんだから。
こんなガキが幅を利かせているのだから
教師も大変だよね。
でもね、
大学生達40人が食い入るように
私たちの話を聞いたのは、
「この人たちの話を聞くと、自分達が得をする。」
と言う匂いを嗅ぎ取ったから。
「この人たちは、真剣に怒る。」
と畏怖を感じたから。
学びは対価の交換ではない。
学ぶという事を
ビジネスにしてしまってはいけない。
でも、
はじめの一歩は
コレを聞けば、
「俺、得をするかも。」
と思い込ませる事業を出来るか。
先生は偉いのです。