今日も多摩川の河原ではなく行きがけの道端に見つけました。

ちょっと、名前は残念ですけど何十年何百年も前から人の住む道端に生きてます。

ヘビイチゴとドクダミ

多摩川の河原も、道端にも本当に色々な花が咲きます。

総称して雑草というのでしょうか?「雑草なんて無い!」て叱られそうですね。

雑草、雑種、雑食、雑煮、雑学、雑則、雑巾、、、

「雑」が必ずしも嫌いじゃ無いです。

犬は最近はMIXと言うようですが、人の都合で無理に色々作ってきた歴史を考えると自然な環境で生まれた草花の雑草の方が幸せかもです。そこにも外来種とかが入り込んでるようで不都合があるもかもしれませんね。

雑草は、我慢強く生きるのによく引き合いに出されます。でも、前にも少し書きましたけど、ただただ踏まれ強いばっかりではなくて、なかなか賢くて、踏まれないように、知恵を絞って地上に出てくるようです。

坂本龍一さんは東北大震災で被災したピアノを拾い上げて、その音を使った。新聞のインタビューで「ピアノは人間の考えに基づき精密に調律された近代的・工業的な楽器。でも被災したピアノは、自然の力で調律をし直されていた。人間が作り上げた文明の儚さを感じ、自分たちがつくる音楽のあり方も考えさせられた。」と。

そして、最近コロナ禍の中ではこんな言葉も。「ウィルスもそうだが、自然は人間より圧倒的におおきい。それなら人間の作った楽器の音にこだわる必要はない」とも。

そして坂本さんとは朋友・大友良英さんは「感動で1つになるって、心底嫌な言葉だなあ。そこから外れた人のことは勘定に入ってなさそうだし。そもそも一つにならなくてもそれぞれが生きていける世界の方が、いいと思うんだけどな」

大友さんはご存知のように NHKの朝ドラ「あまちゃん」のテーマソングで一躍有名になりましたが、もともとアバンギャルドな音楽で世界のミュージシャンと活動を続けながら、あまちゃん以前からNHKの音楽を数多く作ってきた方です。他にもアマチュアの人たちとも様々な音楽活動をする、とても優しくて強い人です。

上の大友さんのツイッターを言葉を取り上げ、朝日新聞の折々のことばでは「感動はみんなと同じ感情の渦に巻き込まれ、唱和することではなく、各人のうちにふとざわめきが立ち起こり、それが何かわからないまま、深い眠りから醒めるような動きとなるようなこと。」と締めました。

この二人の、音楽=感動にまつわることば重いです。