episode1*母の幼少体験と私の同情
どーも、イコですこちらを先に読んでもらえるとうれしいです『(私が書く理由)激ヤバな生まれ育ちでも大丈夫だったよって話』こんにちは、イコです私は今、平穏に楽しく毎日過ごしているのですがほんの2年前までヤバヤバな状況でした。自分の人生諦めちゃってました…どう…ameblo.jp[data-toc]{background:#ffffffd9;border:1px solid var(--color-border-medium-emphasis,#08121a4d);border-radius:8px;display:flex;flex-direction:column;gap:8px;padding:12px 16px}[data-toc] h2,[data-toc] ol,[data-toc] p{margin:0}[data-toc] .toc-header{align-items:center;display:flex;font-weight:700;gap:12px}:is([data-toc] .toc-header) h2{color:var(--color-text-medium-emphasis,#08121abd);font-size:.875em}[data-toc] .toc-empty-message{color:var(--color-text-low-emphasis,#08121a9c);font-weight:400}:is([data-toc] .toc-empty-message) p{font-size:.75em}[data-toc] ol{list-style:none;padding:0}:is([data-toc] ol) .last.collapse a{border:none}:is([data-toc] ol) a{border-bottom:1px solid var(--color-surface-tertiary,#08121a14);display:block;font-size:.75em;padding:6px 0;-webkit-text-decoration:none;text-decoration:none}[data-toc] .h4,[data-toc] a{color:var(--color-text-medium-emphasis,#08121abd)}[data-toc] .h2{font-weight:700}[data-toc] .h3{font-weight:400;margin-left:8px}[data-toc] .h4{font-weight:400;margin-left:16px}[data-toc] [role=button][aria-expanded]{align-items:center;display:flex;font-size:.75em;font-weight:700;gap:4px;justify-content:center;padding:4px 0;text-align:center;-webkit-text-decoration:none;text-decoration:none}[data-toc] [role=button][aria-expanded=true]:after{mask-image:url("data:image/svg+xml;charset=utf-8,%3Csvg xmlns='http://www.w3.org/2000/svg' width='24' height='24' fill='currentColor' viewBox='0 0 24 24'%3E%3Cpath d='M20.97 14.55c0 .26-.1.51-.29.71a.996.996 0 0 1-1.41 0l-7.29-7.29-7.29 7.29a.996.996 0 1 1-1.41-1.41l7.29-7.29c.78-.78 2.05-.78 2.83 0l7.29 7.29c.19.19.28.44.28.7'/%3E%3C/svg%3E")}[data-toc] [role=button][aria-expanded=false]:after,[data-toc] [role=button][aria-expanded=true]:after{background:var(--object-low-emphasis,#08121a9c);content:"";display:block;height:1rem;mask-size:contain;width:1rem}[data-toc] [role=button][aria-expanded=false]:after{mask-image:url("data:image/svg+xml;charset=utf-8,%3Csvg xmlns='http://www.w3.org/2000/svg' width='24' height='24' fill='currentColor' viewBox='0 0 24 24'%3E%3Cpath d='M3.05 9.45c0-.26.1-.51.29-.71a.996.996 0 0 1 1.41 0l7.29 7.29 7.29-7.29a.996.996 0 1 1 1.41 1.41l-7.29 7.29c-.78.78-2.05.78-2.83 0l-7.29-7.29c-.18-.19-.28-.44-.28-.7'/%3E%3C/svg%3E")}[data-toc]:has([role=button][aria-expanded=false]) .last:not(.collapse) a{border:none}[data-toc]:has([role=button][aria-expanded=false]) .collapse{display:none}[data-toc]:not(:has([role=button][aria-expanded])):not(:has(.collapse)) .last a{border:none}:is([contenteditable=true],.no-js,#no-js) [data-toc] .collapse{display:revert!important}目次 私の背景をつくった両親の話からはじめます 母の幼少体験 私の同情⚠過激な描写はしないつもりですがネグレクトや虐待などの内容も含むため、精神的に弱っている方や気分を害する方はこの先を読まないように注意して下さい。私の背景をつくった両親の話からはじめます激ヤバな私の生まれ育ちですがその話をする前に、私の生まれ育った家を作った母と父の背景を話します。理由は、そうしないと説明不能なくらい私の誕生時点ですでに激ヤバな環境が用意されていたからです。では、さっそく母からいきます~(※母や祖母へのインタビューを元にしています。時代背景は現在とはかなり異なりますが、本人達の体験を出来るかぎりそのまま書いています。)母の幼少体験母の生まれ育った家は戦後の復興から経済成長の波に乗り経済的には豊かだった。第一子である母は家業の跡継ぎである必要があり、「男子」でなければならなかった。男子を授かるために占いを使ったり、祈祷を受けたり、卵断ちしたり…令和の時代には想像もつかないかもしれないけれど、それで「男子」が生まれるものと本気で思っていたらしい。でも、祖母の腹から出てきたのは「女子」だった。産婆さんが伝えたとき、祖父はショックで持っていた皿を落とした。産んだ当人である祖母は、自分の腹から出てきた子が女だなんて信じたくない。出生届を出さないまま時が経ち、「この子を親無し子にするつもりか!!!」と産婆に何度も怒鳴られやっと役所に出生届を出したのは生後19日後のことだった。人に怒鳴られたくらいで行動を変える祖父母ではないが、男子を祝う予定で近所にすでに周知しており、間引き(して無かったことに)はできなかった。その後赤子は一番奥の窓の無い部屋に寝かされ、引き戸は少し開けて電気を付けて祖母と曾祖母の都合の良いときに世話をされた。「3歳までは手の掛からない良い子だった」と私は祖母の口から聞いた。母は3歳まで寝たきりだった。寝返りは打ったとしても布団より外に自力で出ることは無かった。泣いても誰も来ない。最初は本能で泣いていた赤子も声を出さなくなる。おなかが空いているかいないかに関わらず乳を差し出されたら飲む。次はいつか分からない。そんな環境下で、母は3歳までを過ごした。私の同情真偽の程は分からないが、母は、壁にかかっていた布のオムツやカバーの模様、天井の柄をぼんやり覚えていると言っていた。祖母も、確かにそうだったと言っていた。(娘への罪悪感は持ち合わせていないが)私がこれらの話を聞いたのは、20代半ば過ぎで、今から10年ほど前。祖母が倒れ、施設で暮らし始めた頃だった。遺産相続の話が出ると、「女のお前にはびた1文やらん」と祖母は母に言い、母は毎日、私に愚痴っていた。私は2人の間に入ったけれど、何の効果も無かった。ただ、昔話はたっぷりと聞いた。私は、赤子だった母をありありとイメージしてしまった。泣くこともせずただ天井を向いて布団に横たわっている。部屋に人の気配はなく目の前に動くものは無く名前を呼びかけてももらえず肌の触れあいは最小限。例え衣食住が最低限あったとしても、そんな環境下で、人間の赤子は育つことができるのだろうか・・・頭の中のイメージが全身を支配していく。胸と喉がぎゅーっと締めつけられる。酸素があまり吸えなくて苦しい。頭がぼんやりしてくる。悲しい、という言葉では表現できない感情。心が深く深く暗闇に沈んでいった。赤子の光景が毎晩、脳裏に浮かんだ。何日も何日も。忘れてもまた思い出して何時間も涙が止まらないこともあった。あまりにも強烈な感情で。体感で。私自身の幼少体験ではないのに。境界線がドロドロに溶けてまるで自分の体験かのような錯覚に陥った。そこから本当の意味で抜け出せるまでには長い時間が必要だった。母への同情をやめ罪悪感と向き合いしがらみをほどき、自他の境界線を自覚して他者の感情に無防備に飲まれなくなったといえるのは、やっと今年に入ってからのことだから。・・・とまぁ、初回からがっつりハードだったねぇそしてまだ母の話がつづきます!wなんの仕打ちなのちなみに今の私は幸せなのでご安心を『(私が書く理由)激ヤバな生まれ育ちでも大丈夫だったよって話』こんにちは、イコです私は今、平穏に楽しく毎日過ごしているのですがほんの2年前までヤバヤバな状況でした。自分の人生諦めちゃってました…どう…ameblo.jpでは、次回。またねー!