希望を描いて
10年前、私は宮城県名取市閖上の自宅にいました。
だけど、午後1時頃に自宅を出て、仙台に向かいました。
あの時は、2010年末に退職した職場に、
退職の書類か何かを提出しに行ったのです。
そして、仙台市内のギャラリーのオーナーさんに
絵を見てもらうため、2点だけ絵を持って。
この2つの用事がなければ、私は海から数百メートルしか
離れていない自宅にいて、絵を描いて過ごしていたろうと思います。
自宅の基礎
閖上の日和山から見た街
庭に植えていたクロッカスが奇跡的に残っていた
その年、私はなぜか赤ちゃんを何点も描いています
赤ちゃんは希望の象徴です。
きっと無意識で、希望を持ちたかったのだと思います。
10年経って、私は相変わらず権力も財力もなく
人の役に立つ力も人に影響を及ぼす力もありません。
私にできることは、あの頃自分が絵に支えられたように、
絵を描いて、人に見てもらうことなのかな・・と思います。
絵を見た人の心が、わずかでも上向きになるよう、、
祈るように、描き続けたいと思います。
おやすみなさい、良い夢を見ましょうね。
ico.





