言葉にならない7年前のこと。
東日本大震災から7年が経ちました。
私は閖上が実家で、3.11も実家に住んでいたので
当事者もいいところなのですが
なぜか震災のことは、今もうまく話がまとまりません。
ブログやSNSでは毎年3.11は投稿できませんでした。
当時は求められるまま、新聞やメディアに
心境を吐露したこともありましたが、当時は
「とにかく前を向く」
「私にできることは描くこと。絵で発信する」
といったことしか話せなかったし、考えられなかったと思います。
何か決意のような、生き抜かなければいけないという
サバイバルゲームを現実にやっていたような感覚でした。
(2011年3月/外で拾った答案用紙に描写)
しばらくこんな目の鋭い絵ばかり描いていて、
当時の私の心境がよく表れていたのだと周りに言われました。
(自分にはよく分かりませんでしたが)
2014年頃から、長らくサバイバルゲームをやり続けていたことに
疲れ果てて社会生活を離脱してしまって(仕事はしていましたが)
そこからようやく「明るい絵が描きたい」と思えるようになったのを
覚えています。
(2014年/pray -祈り-)
絵を通して、皆さん「元気になってきたね」「安心した」と
言葉をかけてくださいます。
絵は私の分身みたいなものなのでしょうか。
それならば、
私が慈愛に満ちていたら
慈愛に満ちた絵が描けるでしょうか
優しさで溢れていたら
優しさに溢れた絵が描けるでしょうか
そうだといいなと思います
でも多分それに伴う技術が必要ですね^^;
肩肘張らず、背伸びせず、気持ちのままに筆が動くようになるまで
ゆるりとね![]()
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