明日のあなたに誓うから


誓い /The Gospellers




ここまで愛情を注いでくれたあなたたちに、誓うから。




白無垢を身に着けて庭へ出た。


今にも降り出しそうだった空は

辛うじてご機嫌を保っている。



結婚式はしない、そう言ったはずなのに

気づけば、両親に頼まれて会場を探し。


親族だけでささやかに、そう言ったはずなのに

気づけば、人数が増えていて、二部制になり。


ドレスは着ない、そう言ったはずなのに

気づけば、母と妹に乗せられオーダーし。



周りのペースに乗せられたまま

当日の朝を迎えてしまった。



せめてもの反抗心で


美味しいレストランでカジュアルウェディング

会場の都合で親族の回と友人の回の二部制

親族の時は白無垢、ドレスは友人の時のみ


これだけは譲らなかった。



日本庭園のきれいな旧宮様邸。


雨の気配が遠のいたので

予定通りガーデンウェディング。


前日にドタバタと考えた短い文章を

パートナーと声を合わせて読み上げる。


神様でも仏様でもなく

祝福してくれる皆に誓う。


声が深い緑の木々に吸い込まれて行く。

気持ちのいい静寂の後、拍手が響き渡る。



親族相手の式はつつがなく終わり

お客様を送り出して、辺りを見渡したら


父の姿がどこにも見当たらない。



母曰く『べそかいて先に帰ったわ』



事前に何度打診しても

絶対にYesと言ってもらえなかった

バージンロードを一緒に歩くこと。


酔ったところを捕まえて

強引に式に引きずり出そうとしたのに

作戦はあっけなく失敗に終わった。



結局、ドレスとタキシードで、並んで歩く羽目になった。




8周年の今日は

すかっと晴れた空。



未だに、父が言う。


『あの家に、お前をやったつもりはない。』


だから、いつでも帰ってこい。



これを言い続けるための作戦だったか。


決して、パートナーとの関係は悪くない。

むしろ、息子ができて喜んでいるようだ。



だから、私はしあわせでいなきゃいけない。


ここまで愛情を注いでくれた

今尚、注ぎ続けてくれる、家族のために。






”そのうち会おう”と笑って手を振った

”そのうち”なんてもう ないと分かってる


出せない手紙 /V6




かたんっと、ポストが立てた音が届いたのか

カーテンが揺れた部屋へと、ちいさくピースサイン。


これが、放課後の習慣。




ルーズリーフの隣にちょこんと並んだレターパッド。

授業中は、その2つの間をペンが行ったり来たり。



数字やらカタカナやらが並ぶブルーの紙の横。


面白かった先生の小話、とか。

今日の学食の日替わりが美味しかった、とか。

これから○○ちゃんとデートなんだ、とか。


まるでその日の覚書のような内容が

ミントグリーンの紙に所狭しと綴られている。



手紙、というよりは、日記。



うん、これは交換日記だと思おう。



受験生である彼から


『試験が終わるまで別れよう』


そう言われて早一か月。



経緯は忘れたけれど


『別れよう』が『距離を置こう』に変更され

『全く連絡が取れないと寂しい』と言われ


思いついたのが、手紙、ならぬ、日常の実況中継レポートだった。



ケータイなんて持っていないから

個人的に連絡の取りようはないし。


それよりなにより。


厳しいご両親の方針でポケベルすら持たない上

『受験に専念しなさい』宣言を受けた彼の家に

呑気に電話できるほど私の神経も太くない。



もともと文章を書くのは苦じゃないし

手紙なら好きな時に読んでもらえるし


そんな軽い気持ちで提案した。



学校の帰りに駅を横目に見ながら歩道橋を渡る。

なだらかな坂を上って、長いトンネルをくぐり。

左に1回、右に1回、曲がって進めば彼の家。


揃いのミントグリーンの封筒をポストに落として

歩いてきた道を、逆にたどって駅に戻る。


早い時には、バスを待っている間に

ポケベルの液晶に返事が浮かび上がる。


ハナウタまじり、明日の内容を考える。



これが、思ったよりも好評で

彼の家族のウケもいいらしく


すっかり毎日の習慣として、定着してしまった。



そんな、約束にも似た習慣を違えてしまったのは

2月に入ったばかりの、冷え込んだ夕方のこと。


彼の入試の前日。


入院していた伯父の容体が急変したと連絡が来た。

いつもの手紙を出す余裕もなく病院に駆けつけた。



結局、伯父の亡骸と一緒に病院を出たのは夜。


手紙を出せなかったことを思い出して

思い切って、彼の家に電話をした。



事情を話して、『ごめんね』と謝ったのに

久しぶりに聞いた受話器越しの声は


大事な本番の前日に動揺させないで、とか

明日は一緒に会場へ行かないのか、とか


彼の都合の話ばっかり捲し立てた。



気持ちが、胃の底が、すーっと冷えて行く。



別れたい、今度は私からきっぱり言った。

じゃあ友達に戻ろう、そう言ったのは彼だ。


議論する力も残っていなかったので、頷いた。



『試験終わったら、連絡するね』の言葉に

『うん、そのうちにね』そう返したけれど。


”そのうち”なんて気持ちは、さらさらなかった。




くしゃりと握りつぶされた最後の手紙は

しばらくの間、ファイルに挟まっていたけれど


結局、シュレッダーで粉々にした。


仮にも失恋なんだから、もっと痛いかと思ったのに

肩の荷が下りた、そう思っている自分がいて


いつの間にか恋のバランスが崩れて

自分に負荷がかかっていたことを知った。



二十歳になる年の、春の初めのこと。






君に逢う日は 不思議なくらい

雨が多くて


はじまりはいつも雨 /ASKA




鏡越しに見た外は、雨模様。




髪を切ると、雨が降る。


気象庁も真っ青な的中率は、ほぼ80%。

初めて短くした日も、そう言えば雨だった。



腰まであった長い髪を

耳の下辺りまで切った。


新しい自分が、鏡の向こうから見つめ返してくる。


ドライヤーのスイッチを切った耳には

ざぁざぁと派手に降る、雨の音。



湿気を吸うと独特の癖が出る髪。



短くするのを躊躇っていた理由のひとつだ。


初めて切るきっかけをくれたのは

当時お世話になっていたスタイリストさん。



『癖なりに切ってあげるから、思い切ってみようか?』



そろそろ信頼関係ができ始めていた彼の

そのひとことに、全部任せてみようと思った。


仕上がりは一見シンプルなボブ。



『雨の日には緩いパーマができるよ』



そう言って、ものぐさな私の要求に

手櫛でできるブローを教えてくれた。



癖は癖なりに。


出たままのウェーブを生かしてやれば

スタイリングも楽だし、ちゃんと決まるし。


上手につき合ってあげて。



今まで持て余していたマイナス要素を

愛すべき要素に変えてくれた魔法の言葉。




長い付き合いになったスタイリストさんが

ご実家の都合で沖縄に帰ってそろそろ5年。


新しいスタイリストさんとも噛みあってきて

髪を切りたくなったので、訊いてみた。



癖を、持て余しているんですけれど。



昔聞いた魔法と同じ言葉が返ってきて

ああ、思い切って短くしよう、そう思った。



雨が降り続けている。


予想通り、癖が出始めて

跳ねたりウェーブが出たり。


時間を追うごとに表情を変える短い髪が、楽しい。


ありのままを上手に愛せる自分が

少しだけ大人になったような気がする


そんな雨の午後。






傘がぶつかり真っ直ぐ歩けない

そんな私を見て笑っているの。


/嵐(二宮和也)




傘越しに、ひそやかに笑う気配が追いかけてくる。




紺色の布に遮られた後ろが気になって振り向く度


とんっ

ぽんっ


ぶつかり合った布地から水滴が飛ぶ。

霧雨の夕方、スクランブル交差点。



曰く、レディファースト。


少し先を歩かせて

ペースを合わせる。



分かる、分かるよ、確かに合理的。



時々、斜め後ろから手が伸びて

肩に置かれた手が右に左に操縦する。


それでも、こちらが後ろばかり気にしていたら

それは、全く意味を成すものではなく。



どんっ。



数回目の衝突で、とうとう傘が飛ばされた。



慌てて振り向くと

特に気にした様子もなく

傘を拾い上げてたたむ姿。


そのまま、2本並んで左腕に下げられる柄。

いつの間にか、本人は傘をさしていない。



くっくっくっ。

歩くの、下手な。



なんだよー、失礼だなー。


ふくれっ面になった私を真似たのか

唇を尖らせた表情のまま歩くよう促す。


ごく自然に、背中に回された右手にリードされて

人込みを渡りきったところで、急に雨が強くなった。



おいで、手招きされてついて行く。



向かった先は、ハンズの中の傘売場。


スタッフの人を捕まえて

なにやら話していたかと思うと


傘を1本手にしてレジから戻ってきた。



モスグリーンのシンプルな傘。

ただ、普段見るものより、柄ひとつ分長い。



ん、と。


店から出たところで差掛けられる。

ふたりで入っても、まだ余る大きさ。


促されるまま、並んで歩く。



しばらく歩いて気がつけば、なぜか濡れている左肩。



傘差すの、下手だね。


お返しに笑ってやる。

肩をそびやかす素振りも、真似してやる。




雨が屋根を叩く音がしている。


靴を履いて、傘立てに目を遣る。

未だにそこに入っているモスグリーン。


他の傘より、柄ひとつ分大きいそれ。



私は一足先に出社するから

後で主に連れてきてもらいな、ね。






瞳そらさないで 青い夏のトキメキの中で


瞳そらさないで /DEEN




明日の放課後、どこか行きたいところ、ない?



ここ最近


かけてもかけても出なかった相手から

逆に電話がかかってきて、そう問われた。



その声音があまりに優しく響いて

その先に待ち受けていることを

一瞬にして悟ってしまった。



そんな訳で、見慣れた家並みを見ながら、肩を並べて歩いている。



デートの定番、逗子海岸へと続く道。


ざんっ。

ざざんっ。


小さく聞こえ始めた波音よりも

自分が喋る声が遠くに聞こえる。



インテリアの授業でクラス最高点だったんだよ!


迷っていた最終限の授業、やっぱり取ったんだ!


あとね、最近、部活に入ったんだよ!

なんと、テニス部なの、面白いんだよ!!



そんな訳だから、放課後は遊べなくなっちゃうの。



うん。


うん、そっか。


いつも通りやわらかく返事が降ってくる。

その20センチ上に視線を向けることができなかった。


とにかく、沈黙が怖くて。

沈黙の後に、続く言葉が怖くて。


駅から15分の道のりを、ひたすら喋り続けた。



さく、砂を踏む感触が靴底に伝わる。



きっと、そんなことはされないだろうけれど

万が一、振りほどかれる前に、つないだ手を放す。


いつも通り、波打ち際へ向かおうとした。

その瞬間、しっかりと、腕を掴まれた。


反射的に、振り仰ぐ。


ああ、とうとう目を合わせちゃった。



『別れよう』



すっかり、耳になじんだその声が紡ぐ。



先に、視線を逸らしたのは、私だ。


ちゃんと、覚悟していたつもりなのに。


忙しいから、ひとりでへっちゃら。

そんな伏線散々張って

言うように促したのは自分なのに。


『うん』って頷く準備はできていたはずなのに。



反射的に口をついたのは

『いやだ』のひとことだった。



優しく諭すように言葉が降ってくる。

靴底から、砂の熱が伝わってくる。

乾いた風が、じりじりと肌を焼く。


俯いた視界の端には、寄せて返す波が映る。



いつもと同じ、穏やかな青い風景の中。

自分たちを取り巻く空気が違うのは分かった。



最後にぽんと頭を叩いて踵を返すスニーカーを見た。

さくさくと、遠ざかって行く、砂を踏む音を聞いていた。



ここで、初めてキスをした。

ここで、初めてケンカをした。

ここで、初めて外泊の相談をした。



いつだって、海の青と、空の青の中。




あれからいくつも夏が過ぎて。


相変わらず海はお気に入りの場所で。

痛い思い出も、あの青にすっかり溶けて。


今では、波音を聞きながら、懐かしくすら思う。