木漏れ日のテラスで 飲みかけたカプチーノ

歩道から 小さく手を振る君


Love '91 /チェッカーズ




ドアが開いて、入って来る気配がしたけれど。


敢えて目の端で捉えただけで

視線は読んでいる本から上げない。


大きく開いた開口部からは

さんさんと差し込む午後の陽光。



今日も、絶好の遅刻日和だね。




初めて待ち合わせをした時からそうだった。



『ごめん、遅刻する、適当に待ってて。』



残されていたメッセージに、途方に暮れた。

あまり、馴染みのない駅、人込みのど真ん中。



幸か不幸か。


周辺には、時間に律儀な人種しかいなかったので

目処の立たない遅刻をされるという経験がなかった。



適当・・・と言うのがよく分からなかったので

かの有名な犬の像の前で本を読んでいた。


寒い2月の曇り空。


重役出勤並みの遅刻で現れた彼に

驚愕の表情で見下ろされた。



『カフェでお茶でもしていればよかったのに!!』



まだ、大人の入り口に足を突っ込んだばかりのお年頃。

カフェとか喫茶店にひとりで入るなんてハードルが高い。


おまけに、知らない人がひしめき合っている空間が苦手だ。

ファストフード店にひとりで、とか、無理無理絶対無理!!



そうぼやいた私を促して


人生歴も遅刻歴も充実した彼が向かった先は

少し駅から離れた、静かな珈琲店だった。


まさに『珈琲店』、そう書くのがピッタリな店。



スピーカーからはジャズピアノ。

ドアベルが鳴っても顔すら上げないお客さん。

愛想笑いも無駄な会話もない店員さん。


不思議と落ち着いた空間で

遅刻のいい訳すらしない男は

のんきにカプチーノを飲んでいる。



『こういう所なら大丈夫でしょう?』



投げかかられた言葉に周りを見渡す。


うん、大丈夫・・・大丈夫そう。


頷いた私を見てニコニコしているけれど

それって、これからも遅刻する前提、だよね?




その時の予感通り


1年も経つ頃には、いいカフェを探すアンテナが育ち

いつの間にか、ファストフード店も大丈夫になっていた。



今日も、窓際の席で待つ。


文庫本とカプチーノ。

ガラス越しに姿が見えても知らん振り。






指輪をくれる?ひとつだけ2012年の

金環食まで待ってるから とびきりのやつを

わすれないでね そうよ太陽のリング


時間旅行 /DREAMS COME TRUE




21年先かぁ、その時、私、37歳!!



『27歳で結婚すれば、ちょうどスイート10だね。』



あはは、CM!!

あはは、”ダイヤモンドは永遠の輝きです”って!?


あはははは。



けっこう大きなボリュームで笑った声も

360°青空しかない空間には敵わず


すーっと溶けて消えて行く。


天体観測をした夜には、吐く息が白かった高原も

昼間は、半袖のTシャツ1枚で心地いいくらい。


むしろ太陽に近い分、じりじりと肌が焦げる感覚。

時折、強い風が吹いてはその熱をさらって行く。


耳の両脇で牧草が、ざわざわと緑の波音をたてる。



『金環食かぁ』



隣で紡がれた言葉が、また空に溶けて。

双眼鏡のキャップを持った左手が伸びる。


『ん』


促されて、ころりと一回転分近づいて

肩触れる距離で、その視線の先を眺める。



『なんちゃって金環食』



一瞬光に眩んだ眼を恐る恐る開けると

キャップの黒から覗く、黄金色の光の環。



おお~、輪っか!輪っか!!

こんな風に見えるのかな!?



思いっきり伸ばした左手の薬指に、光の環を重ねてみる。



でっかいねー!!



ひとりはしゃいで、きゃたきゃた笑う私の横で

密やかに笑う気配と、聞き逃してしまいそうな声。



『本物を贈る日が来るといいねぇ』



本当はちゃんと聞こえていたけれど。


面白がって聞き返してみたものの

返って来るのは、緑の波音だけ。




先輩、2012年が来たよ。



残念ながら


一緒に金環食を見ることも

一緒にリングを選ぶことも


どちらも叶わなかったけれど。



金環食はちゃんと天文年鑑に載っていたよ。



先輩は、誰と見るのかな、金環食。






恋人用の鼓動 いつも鳴らしてた

誰にも気づかれぬように


DO YA DO /CHAGE & ASKA




彼とはトモダチ。

彼女とはシンユウ。




ドキドキしてるんだよ、知らないでしょ。



何の気なしに抱き寄せられた肩とか。

わしゃわしゃとかき回される髪とか。



他の男友達とは、違うんだよ。

いちいち、ドキドキするんだよ。



中学校、最後の年。


初めてクラスメイトになった彼は

気さくで、優しくて、いいヤツ。


すぐに意気投合して、友達になった。



私のカテゴリーが女子だなんてこと、お構いなし。



でっかいてのひらで頭を叩かれるなんて日常茶飯事。

タックルだってヘッドロックだって、平気でかけてくる。


だけど、時々、妙に勘がよくて。


調子が悪いのを気遣ってくれたり

重いものを何気なく持ってくれたり


・・・きっと誰にでもしているんだろうけれど。



それでも、その度に内緒でドキドキしていた。

知っているのは、唯一、幼なじみの心友だけ。



他のクラスメイトからも


『なんか、特別っぽいよね。』


そう言われて

そんな気になったら


そうなんだろうか?


思い当たる節がなくもないような気がして

どんどん”好き”が加速して行った。



想いを告げよう。


そう決意したのは、クリスマス・イブ。

クラスでパーティーを計画していた日。


いつもみたいに、馬鹿みたいに一緒に騒いで。


ふと、姿がドアの外に消えたから

今が、チャンスだと思った。



でも。


そこで、先に幼なじみが様子を見に行ってくれたのも

何か、先を予感させるものがあったからかもしれない。



ほどなくして戻ってきた彼女が首を振る。


『アイツね、好きな子、いるよ。』


思ったより、ショックはなかった。


ただ、なんで彼女がそれを知ったのか

それだけが、ちょっと気になった。



気配を察知したのか

彼女がまっすぐ私を見る。


『アイツに告白された。』


ああ、なるほど。


これも、思ったほど衝撃はなかった。

むしろ、隠されなくてよかったと思った。



彼女が静かに続ける。



アイツはね


自分に好意を寄せているのが分かると

その気もないのに勘違するようなことをするんだ。


もちろん、知ってて、わざとだよ。


逆に、手に入らないものほど、追いたがるんだ。



つまり、彼女は彼に恋愛感情がない、と。



ずっと、彼女は彼を勘ぐっていたそうだ。


私の意思を聞いた上で『つき合う』なんて言ったら

烈火のごとく怒っていただろうなんて、笑う。



スッキリした。


友達にも心友にも裏切られずに済んだ。


それでよかったと思おう。




残りの学校生活は

さざ波ひとつ立たず

平和に乗り切った。


相変わらず、彼は友達で。


ただ。


私から『好き』のシグナルが消えたのを

敏感に感じ取ったのか、少しそっけなくなり

むしろ、幼なじみへの関心を隠そうともしなくなった。



どうせ、高校に上がれば、学校は分かれ分かれだ。


変な男に引っかからなくてよかったね。

そう言って幼なじみと笑い合った。


その後に、もう一波乱起こるなんて

その時は考えもしなかったけれど。


それは、また、別の話。