真緒は、思えば何の連絡も無しに蘭の入院先に来てしまった。
どうしたらいいのか分からないけど到底家に帰る気にはなれず、とにかく蘭に会いたい気持ちだけだった。
受付で名前を言って病室を教えてもらった。

 さっきのこと、思い出したことは確かな記憶だった。
泉海は自分のせいで傷ついたことになる。
約束をしていたのに行けなかった自分のせいで泉海は…
誰もが事件後口を閉ざし、一人苦しんで自分も記憶を書き換えたということ。
それがあの頃の皆と自分の精一杯だったというのだろうか。
どれだけ悲しみ苦しんでも何も出来ないこと、無力で後悔してもどうにもならないことに疲れてしまった。
今思えば、泉海と別れることになったあの日のことを明確に思い出すのを避けて生きて来たと思う。

 冷たい髪と服に身震いして真緒は、胸をえぐる様な感情と冷静さを両方持ちながら、自分のものではないかのような両脚で歩いて蘭の病室の前まで来た。
 蘭の名前があったのは相部屋で、少し病室のドアが開いていたので、すぐに見るとベットの上で蘭は起きていて真緒に気が付いた。
血の気の薄い顔色でも、ほぼ普通の様子で驚いて
「どうしたの真緒…来てくれると思わなかったよ。雨になったね」と言って微笑んでいる。
真緒は先に言うはずのことも忘れて、その場で泣き出した。

「私のせいでごめんね、、あの、ごめん…なさい」
真緒はそれだけしか言葉にならなくて、後ろから部屋に戻って来た患者さんに気付かず立ち尽くしていた。

 蘭に言われて、同室の年配の女性患者と一緒に部屋に入ってドアを閉めたら、一気に現実的な気持ちに戻った。
蘭はどんな症状なのか聞いて、入院は不安を取り除く検査をするのに念の為にしたと聞いてとりあえず安心した。
以前、蘭は精神的なものからくる過敏性大腸炎などを発症したこともあった。
自分はいつも健康だから、とても想像出来ない不安と蘭は戦っているのと思った。

 少し気を取り戻した真緒はさっきまでの動揺をごまかしたいと笑ってみせる。
真緒はベットの横の椅子に座って、蘭の手を取った。
無性に自分の心の中を全て話したくなったけど、今の蘭に心配をかけないようにしないといけないのにと思い留まった。
「蘭が心配だったし、ちょっと疲れが出て取り乱してしまってごめんね」と言って、
蘭の手を両手で挟み込むようにして自分の頬をおいて掛け布団の上に重ねた。
蘭は部活のことや沢木君のことを聞いてくれた。
それで真緒はずっと思っていたことを聞いた。
「沢木君のこと蘭は気にならない?前から蘭のタイプかと思っていた」
「私は別に気にならないかな。何で?」
「沢木君て中学の時に蘭の好きだった一摩君に全体的に似てるもの」
「そうかな…でも、一摩君は真緒のことが好きだったでしょ!」
「…そんなことない」
「私は知ってたよ。聞いたことあるもの本人から」
真緒は驚いて、身体を起こして、何か言おうとしたけど言葉が見つからない。
 蘭は真緒の目を真っ直ぐ見ながら
「真緒はずるいよ…全部持っているのに自分から手離すことをしないで!」
と言って、それでも優しい声で話し出した。

「私はイズミちゃんじゃないよ。遠慮とかいらないから。
私も真緒も家族に対してとかで苦しいことを抱えてもちゃんと向き合って来たし、イズミちゃんもきっと前向きに生きていると思う。真緒のこと想いながら引っ越して行ったはずだよ」
どうにか遮って聞いた真緒の疑問にも
「イズミちゃんの事は2年前から知ってたよ。前に真緒と同じクラスだった子に聞いたから、、本当に辛かったと思う…
でも、真緒の責任は何もないから。
真緒は忘れられないと思うけど、一摩君に似た沢木君といても仕方ないよ。
真緒は尊生を選ばないのが不自然に思う」
と答えて、蘭は前の彼氏のことも話し出した。

「真緒は中学の時も私の好きだった一摩君のことを何ともないってふりして…
あの事件の時まで仲良かったこと同じ子に聞いたよ。
高校に入っても私の彼が真緒を好きなんじゃないかって思うと、いろいろな感情が出てきて嫌になったのもあるけど、真緒が彼を好きならはっきりそう言えばいいのにって思ったよ…
尊生と別れて付き合えばいいって。
辛いけど、私を裏切ってもそれでいいからと思ってたのに学校辞めるって言い出したからびっくりしたよ。
本当に真緒は中学の時も、いきなり変わったこと言うし…私にならキス出来るとか、女子が気になるとか…でも、真緒はちゃんと女の子だよ。
ずっと一緒にいるから分かる。 
絶対中身も全部女子だよ。
尊生は真緒のこと本当に大事にしてくれるし、思った通りのいい男と思うよ」

 真緒は、蘭がこんな気持ちで自分を見ていたのかと思うと、守ってあげたいとか考えていたのが恥ずかしくなった。
自分の知らなかった蘭は包容力のある大人で、自分はいつも迷ってばかりの子供だった。

 尊生は本当に優しくて自分は甘えていたし頼っていたのに、ずっと男子に生まれてきたかったことを、自分はどこかで羨んでいたと思う。
尊生や自分の兄は尊敬できる憧れの対象。
泉海を襲った男は卑劣で許せない。
それに蘭の心を傷つけた蘭の兄は悲しい人間で真緒にはその言動を認められない。
それでも蘭は自分のたった一人の兄の存在を、ときには間違えてしまう人間として、ありのままを受け入れていた。
蘭がいなければ父親を取られなかったのにと言って、女性蔑視の言葉まで言われたはずなのに。

 自分は不幸だと、蓄積された感情を持て余したまま、大人になることが受け入れられなかった。自ら幼さの中に逃げていた。
ちゃんと決着をつけていかないと。
真緒の胸はキリキリ痛んだ。
泉海はこんな自分を残念に思うかな…
でも蘭が自分の親友なこと、それだけは変わらない。
大好きな蘭が、こんな自分を信じてくれているのは幸せで他に何もいらないと思った。