登崎君のエントリーシートを受け取って、今からまた彼の投球が見られるのを私は心ドキドキさせて待っていた。

どうやら学校帰りの彼はパーカーの上から学ランを着てたのを脱ぎながら用意している。


 冷え切った顔でやって来た時は、私の退職について触れると悲しそうな表情で何というか、思い詰めた声色に少し動揺した。

とりあえず私は指定のレーンにエントリーシートの名前を入力した。

“蓮”

これは、いつも登崎君がシートでニックネームにしている名前のようで彼に、何で使うことにしたのか聞いたこともあったけど、理由は教えてくれないままだった。

私は彼の名前”新汰”って素敵な名前と思っている。

でも、もう惚れ惚れする投球が始まった。

さっさと投げ出した彼は、ストライクを連発して…

それで受付の隣にいた英恵ちゃんが言う。

「私もバレンタインのチョコ欲しいです。由夏さんから」

もうすぐ最後になるからと、私は

「わかった。皆んなにもあげますね。あまり時間ないから近場で美味しそうなの買ってきます」と返した。

いつも面白いことばかり言って笑わせてくれる、自称.苦労人の英恵ちゃんは人懐っこい子で可愛く思う。

26歳の私が、普通に女子高生と楽しく話が出来るこの時間も無くなると思うと、もうちょっと寂しくなってきた。


 ちらほら仕事帰りのお客さんも来店して私は仕事しながら、ほぼずっと男子高校生らしい躍動感ある投球をする登崎君を見ていた。

登崎君の好きなレーンは、受付のほぼ真前なので見やすいのもあるけれど。

 英恵ちゃんは主任にも友達の様に気楽に話す。ちょっと奥の方で事務作業をしている彼を手伝い出した。

「福村主任はチョコのお返ししないとダメだから、高いの。値段倍以上が常識ね」などと説教している。

まだ彼は夜学生なので、お返しはいらないから的なことを私が言うと、

「由夏さん、甘やかしてもいいことないですよ。福村主任の人生で、一回も、貰ったことないのに、こんな美人から、義理チョコでも、それの、お返しが出来るのは有り難いことなんですよ」と、笑いながら言う。

それを聞いている主任のニコニコ笑顔がちょっと可愛く見えてきた。

でも、本当に私は3月13日で最後のシフトになっている。皆んなにもお返しをもらうつもりは全く無い。

 私が辞めるから次に求人で来る人も、私の元いた本屋の時の様に、あっちの主任が面接しそう。

本屋のバイトに入っていた女子大生の一人は、お客からストーカーに遭ってしまい辞めることになりそうだったことがある。

二十歳だけれど、まぶしいまでの美少女で、性格が明るくさわやかで可愛いすぎるのが原因だったと思う。

夕方からのシフトが多いから何度か帰宅時に駐車場で付きまとわれたと聞いて怖くなった。

同一人物かはわからないけど、私も書店に変な電話をして来られて受け答えの後、名前を名乗らされるなど気持ち悪い経験がある。

本屋の主任は元警官だったので、だいぶ的確に対応した様だった。

自分が若い頃モテてた話をしてくる主任も、内容が中々にセクハラに近いと思ってたけど、その時はしっかり主任の仕事をしていると思った。

とりあえず彼にも、義理チョコを渡す。


 

 早々に投げ終わって、滅多に見かけないような成績を打ち出した登崎君は、私の前に来て話す。

「僕、今日最高成績出すつもりで投げたんです。でも、うまく行かなかったです」

これより出せるのと驚いた私は、ちょっと高い声になりつつ

「えっ、凄いと思うけど。スコアアベレージ200超えは目指すところが違うね」と、笑顔で褒めた。

すると、彼は急に少年の笑顔を作り

「椋井さん、来週のイベント僕もシフト入ってるんで、バレンタインのチョコ下さい。楽しみにしてます」と、強引に頼まれた。

皆んなに渡しますと答えた私に、

「本当に嬉しい!」と、言って来た時とは全然違う満足そうな顔で精算すると、彼は帰って行った。


 年下男子を可愛い、かっこいい、と思ってしまう。

これは、多分ちょっとした病ってやつと思った。

英恵ちゃんは、私の真横にくっついて大きな声で言う。

「新汰は、だいぶ顔赤かったな。よく分かりやすいところ面白いわ」などと、ニヤニヤしている。

 私からしたら、高校生は皆可愛い。

英恵ちゃんは、愛嬌が凄い。

美少女の春呼ちゃんとはまた違うけど。

ちょっと前まで小学生だったんだから。

今日なんて、主任まで可愛く見えてたし。

うっかり、病に騙されるところだったと思うことに…した。


 仕事は明日も連休なので久しぶりに昼から誘われて倉内さんとデートをすることになっていた。

年上で中身も大人な、スタイル良すぎる倉内さんは営業職故、口も上手いし私はクロージングされそうになっている。

彼は離婚歴有りだけど、話してて楽しいし、母親からは安心されそうな交際相手にはなりそうと思う。

でも、ただ今こちらも、すぐに私の心の中に住んでいる元彼の征治さんと比較してしまう病にかかっている。

親友の御冬には、征治さんに対する私の悲しい執着心を相談してきた。

いつもこんな感じに彼女は言う。

「それだけ好きになれる人に出会えたのは幸せなことと思うよ。これからは自分を大切にすることを一番に考えればいいよ」と。

彼とのことは、どうしようもないし現在の征治さんが結婚してるかどうかも何も分からない状態なのに。

そして、もう戻ることもないのに。

この病は治療方法が見つからない。

倉内さんと電話で話した時、バレンタインのチョコレートより料理作って欲しいと言っていた。

そろそろ、彼との関係をはっきりさせないといけない。