昨日、夜のうちに蘭から弱々しい口調で明日は学校を休むと連絡が来た時は、いつもの体調不良と言うし、それほど心配してなかった。
でも蘭が以前から、それとなく口にしていたこと…
「私の心の躁鬱は病院の薬を飲んでいるせいだと思うから、もう本当に飲みたくない」と。
 真緒の中のモヤモヤした気持ちが怒りに近いものになって、それは自分に対してとすぐ分かった。
出会ってからこれまで、ずっと心配して来たのに最近は蘭をちゃんと見てなかった自分は冷たい親友と思った。
 
 見ると携帯に、蘭が通院している内科医院へ入院したことも母親から連絡が来ていて、真緒は座り込んでしまった。
 声を出さずに涙を流す真緒の背中に葵先輩の声がして、訳を聞かれた。
真緒に今日はもう帰るようにと諭して葵先輩は、いつもの笑顔を消していた。
葵先輩には何も隠せない。
優しい友達のような葵先輩は、部活で蘭が側にいてくれることも、突然、真緒が沢木君を選んだことも、真緒が望む様にすればいいと認めてくれているけど、真緒は自分の我儘は正しいのか分からない。
そして、普段通りに戻れなくなってしまった真緒に
「真緒が一人で帰るのは心配するから」と言って、真緒を待たせて、さっさと男子の部室に尊生を呼びに行ってしまった。
 部活の仲間としての役割で尊生は真緒を家まで送ると言ってくれた。
断る気力もなくて尊生に頼る形になった。

  少し前のことなのに尊生がよく送ってくれていた時は、ずっと話しながら蘭も一緒で、蘭と尊生が話しているのも聞いていて楽しかったのが、すごい昔に感じる。
 無言に近いままの二人に真緒の家までの道のりは長くて寒かった。
尊生は自分と沢木君とのことも知っているし、喋る機会がもっと無くなった。
自分だけが分かっていることは、以前と何も変わらないくらい尊生のことを大好きと思っていること…
久しぶりに隣にいると緊張より、さっきまでの泣きそうな気持ちが抑えられた。
あの好きな表情と優しい声で、
「蘭はすぐに良くなるよ」と言って、自分のことも責めている真緒を励ましてくれた。

 やっと家に着いて自転車を停めて、振り返ってお礼を言おうとした時、
「弱い真緒も僕の好きな真緒だよ」
と言って、尊生は夕暮れの薄暗い中、真緒の肩を優しく抱きしめた。
門の前の誰もいない通りは静かで時間が止まったようだった。 
 真緒は驚いて、すぐに尊生から離れようとしたけど身体は動かなかった。
どうにか向き直って尊生の顔を見て思ったこと。
このまま尊生に甘えていたい…と、胸の辺りが熱くなった気がして意外だった。
真緒の目を見ながら尊生の顔が近づいてきたら、ようやく我に返って尊生の胸を押し戻した。
真緒はまた尊生への複雑な気持ちが増してしまったと思った。
誰からも理解され難いと思う感情を悟られないように、低い小さな声でお礼を言って、慌てて玄関に入った。

 こんな時、沢木君の顔は浮かんで来なかった。
自分の一緒にいるべき人は誰なのか判断出来ない。
それよりも蘭を失う怖さが一番に襲ってきた。
これから蘭が退院出来ても、もう一人で行かないといけないだろう部活は、尊生に会うのも合わせて辛いはず。
蘭の側にいて頼りたい自分も、体の弱い怖がりな蘭を守りたい自分も、どうしようもなく無意味な存在に思われた。
また自然と涙が出てくる。
早く蘭の心と身体が良くなるようにと祈りながら、さっき尊生の綺麗な切れ長の目が近くにあったことも頭から離れなかった。

 次の日、真緒は学校には登校したけど部活は休むことにした。
尊生のこともあるし、これからの気持ちを整えておきたかった。
蘭からは、まだ連絡が来ない。
自分にとって、一番自分らしくいられる場所を離れたい訳がないけど、集中力が切れた自分を想像すると足が向かなかった。
 紫苑に連絡すると、すぐに理解してくれた。
紫苑は自分のこと、さぞ手間のかかる子と思っているだろう。
いろいろと変わった子と分かっているはず。
紫苑は何が正しいかを一番近道でわかっている子で、同い年とは思えない勇気があるし、いつも迷いが無いところが不思議なくらいだった。
その横にいて、いつも明るく天真爛漫な葵先輩をあんなに心配させるのも嫌だと思った。

 帰る前、いつものところで待っていてくれた沢木君に蘭の容態のことを話すると、一緒に心配してくれて、お見舞いに行くのか聞いてくれた。
沢木君は優しい表情で聞いてくれたのに、真緒はいきなり彼の前から逃げるように帰ってしまった。