昨日は高校の先輩らの卒業式だった。
僕は、部活でのことや、文化祭に体育祭やその他の行事での思い出もたくさんで式の間ちょっとウルっときて見送りの時は寂しさでいっぱいだった。
陸上部の先輩達も大学入試に、就職、専門学校への進学も決まり、忙しい日々の背中を見ていた。
でも、僕ら二年生も何やかやとハプニングがあり、慌ただしく3月に修学旅行変更決定となって、やっとこのクラスの皆と行ける喜びが実感として湧いてきた。
秋は台風もあったし、集団感染で体調不良者が続出で、早めの日程取りやめに気持ちが下がった。
で、あの後、僕の誕生日が来て、僕は本屋から急にボウリング場に移動になって来た椋井由夏さんを好きになってしまったのだった。
アミューズメントプラザの一階の本屋で見かけていた時は、とにかく綺麗な人だとしか思ってなかったけれど、近くて話して親近感が湧いたらすぐに惹かれてしまった。
ずっと昔のように思うけど、あっという間だった。彼女がもうすぐ辞めてしまうなんて。
どうやら家で病気養生していた彼女の母親が仕事に復帰出来てからは、家事分担とかも増えて忙しいらしい。
僕はバレンタインの日に、思い切ってというか、はずみで告白してしまい…
あれから一回だけ、シフトが同じになったけれど椋井さんは何もなかったかのように休憩の時、普通に家のこととか少し話してて、僕の告白は本気にされてないと思っていた。
それが一昨日の放課後に侑斗が
「新汰をちゃんと振ってやってと、椋井さんに言っておいた」と真面目な顔で言い出した時は、椅子から転げ落ちそうだった。
確かに前に、侑斗と蒼成と学校の帰りに喋ってて周りに人がいない時、椋井さんに告白したことも、ちゃんと振られたらすっぱり諦めると、宣言みたいに言ったことは覚えている。
僕と椋井さんの年齢差は9歳で、大人の女性と子供の僕。実際は彼氏もいるかもしれない。
だからと言って椋井さんに振られたい訳ないのに。
元から、未成年の自分に自信も何も無いけれど、何も言わずに、何も行動しないまま勝手にこの気持ちを無かったことにしたら、絶対後悔する。
自分の父親を見てたら、それが痛いほど分かったから。
事故で怪我をして、仕事も変わって、でも、どうなっても母親は自分が支えることが当たり前だと言っていたのに拒否した父親。
家族を失った父親は、もう戻れないところまで逃げてしまった。
僕は父親を可哀想とは思わない。
考えて決めたのは父親自身だから。
でも、大切な判断を間違えたらこうなると、ある意味教えてくれた存在を大人になったら僕が必ず支える。
修学旅行の行き先は東京都内とディズニーランドで、皆で地元から飛行機にも乗る。
ディズニーランドは家族で一度は行った。
友達と行くとどんな感じなのか、楽しみではあるけど、頭の中は椋井さんに渡す為の気の利いたお土産を何を買うかでいっぱいでもある。
あんまり子供っぽい物をあげてもとか、ありふれたものもちょっととか、ついつい考えてしまっていた。
色々な気持ちが錯綜する中、慌ただしく期末試験も終わって、旅行の用意も出来た。
季節はずれの修学旅行から帰って来たら楽しくも、あっという間の三日間で儚い気がした。
でも、東京から帰った次の日に、神妙な顔付きで侑斗が言ったことに、僕の心は一番儚い気持ちになっていた…
「椋井さんに、新汰のこと振ってやってって言った時…彼氏いるって、はっきり彼女は言ってたから。それはもう教えておくから。お土産渡す時、泣くなよ」
もう泣きそうになってたけど、何とか堪えた。
心が冷たくなって、この恋は終わったと思った。
でも、僕がチョコもらって告白した時は、彼女はそんなこと言わなかったのが何でなのか引っかかった。
明後日のバイトのシフト時が、最後の一緒のシフトで、ホワイトデーの前の日に椋井さんは、アミューズメントプラザのバイトを辞める。
最後に話をして、大好きになってしまった彼女の顔を覚えておきたかった。
お土産は、結局、女友達にリサーチしてまわって、これというのを買えた。
我ながら最高と思って大事に持って帰った。
それで、ちゃんと母親に見つかって、バレンタインデーのお返しだと言うと、嬉しそうに笑われた。
僕のせつない気持ちとか何も知らない母親は、渡したディズニーのクッキーを早速食べていた。
あっという間に3月13日が来て、僕は放課後アミューズメントプラザの駐輪場に自転車で着いた。
寒い空に雲がかかって、風の冷たさが余計に心臓をバクバクさせる。真冬みたいな天気は僕の気持ちを代弁しているかのようだった。
椋井さんに渡すホワイトデーのお返し兼、修学旅行のおみやげは綺麗なリボンも付いて完璧に包装されている。
渡す時に言うセリフも完璧に考えて来た。
多分、休憩時間に渡せないかもなので、今日は椋井さんと一緒の時間に帰ることに決めて主任にも伝えてある。
仕事中は金曜日の夜らしい賑やかさが、逆に幸いだった。仕事量は多いし、マイボールをいくつも持っている常連客のおじさんの投球に見入ったり。
椋井さんには、受付の仕事の合間に、
「帰りに、修学旅行のお土産を渡すから」と言うと、にっこり笑顔で返事をくれた。
今日は受付の隣にいる、英恵も何も言わない。
いつもより目も合わせないというか、無関心な様子で一貫している。
英恵にも言ったことはないけれど、僕のゲーム時のエントリーネームはボウリングのレーンから取って「蓮」だけれど、椋井さんに聞かれた時、流石にそうとは答えるのが恥ずかしいから、ごまかした。
時間は意外とすぐ過ぎて、帰る時間になった。
こんな時が来るって最初から、分かっていたのに主任と英恵や店長らに挨拶をして、最後の別れを言ってまわっている椋井さんを見ていると辛かった。
でも、自分の気持ちを伝えることだけはすると決めて来た。
本屋の主任達にも事務所へ挨拶に行った椋井さんを待っている時の長さと、胸の苦しさは僕の初めて体験するものだった。
自動ドアを開けて外の階段を降りて来た椋井さんに、「お疲れ様でした」と言うと、いつもより寂しそうな優しい笑顔をくれた。
ホワイトデーって、まだ前日だけど僕のホワイトデーはこんな悲しくて切ない思い出の日になるものなのかと思った。
僕はぎこちなく、カバンから袋に入った綺麗な包装のマカロンを渡した。
「ありがとう…嬉しいよ」
そう言って、ちょっとしんみりした彼女の顔を見たら、考えて来たセリフも全部頭から消えて少しの間、無言で立っていた。
駐車場を椋井さんの車まで一緒に歩いて行く途中、修学旅行の話をしたけれど後は、何を話したか、ところどころしか覚えてない。
月明かりと街灯の照明の下で、もう会えないかもしれない大好きな彼女の笑顔を見ていた。
僕は、春呼と付き合う気もお互い無いけれど、甘えたい気持ちはあって、バイト帰りに何分かの間背中のぬくもりを借りた。
それも椋井さんに見られてる。
僕のことは子供のくせに、軽いヤツだと思っているはずだった。
バレンタインの時の告白も適当に口から出ただけ、とか思われてるんだと。
でも、一つだけは決めている。
自分から勝手に諦めるのは無いと。
侑斗は優しいからか、あの決定的な話を修学旅行から帰ってから僕に言ったけど、到底無理な立場の人を想う気持ちの全部を分かっているとは思えない。
彼女と肩を並べて歩いて車に着いてしまったら、このまま時間が止まればいいと思った。
「…絶対、また遊びに来て!僕はまだ当分バイト続けて行くから」
「うん、遊びに来ると思います。登崎君、ありがとう…お世話になりました。元気でね。勉強も部活も頑張って!」
僕は、去って行く彼女の車のテールライトを最後まで見ていた。
結局、これ以上僕の気持ちを伝えても迷惑をかけるだけだと言えば、聞こえはいい。
それよりも絶対、彼女は侑斗の頼んだ通りに僕をここで振るだろうと強く思ってしまって、もう口から言葉が出なかった。