なかなかつづきの記事が書けないでいますが、今日はこれ。

Yahoo!で検索してみてください。


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まだまだ、たくさん
小さなことでも、
少しだけでも、
できることは、あると思います。

無力な自分ですが、
思いついた時、自分のペースで、
したいと思う方法で、
支援を。


自然を怒らせる人間に
ならないように
生きたい。


小細胞癌の大先輩サバイバーである、都島先輩が記事にされていた
「澱を吐き出す」話。
(都島先輩:リンク張らせていただきました、お許しください!)


コメントさせていただいた通り、この件ちょっと書きたくなったので・・・
吐き出すきかっけをくださった先輩に感謝です。

私はきっと、どちらかというと澱はため込まないほうだと思っています。
いや、思っていました・・・という過去形が正しいですね。
病気になってからは、きっと溜め込んでいたんだろうな、って素直に思います。

溜め込んだ澱を吐き出したつもりでいたけど、
きっとスッキリ吐き出せていなかったんだと思います。

昔から、ちょっと大人っぽく見られがちで、
しっかりものに思われていたのか・・・
(そんなことはなく、夫には天然がばれている!!)
ただ背が高いってだけでお姉さんぽく扱われたのか・・・(笑)
もしくは冷めたこどもだったのか・・・
同級生には姉さん的存在になることが多かった。
だから、甘え下手だったんだろうなぁ。
きっと、私がもう少し甘え上手だったら、
「うんうん、そうなんだ?それで、それで? うんうん、そうか~」って
じっくり話を聞いてくれる人は周りにいたんだと思う。

ただ、
甘えられなかったんだなぁ・・・。

いろいろ、生きていたらつらいことはたくさんありますよね。
本当に、なんでこんなことばっかり!とか、
なんで私なの?とか、思ってやりきれなくなったことが
たくさんあったけど・・・
つい、大丈夫そうにしてたり、気づかれないようにしてたり・・・。
そうしているうちに、何かを伝えることを忘れて、
きっと私の体の中に澱が溜まっていき・・・
それが、悪いものへと変化したんだろうなぁ・・・って思う。

そして更に、誰かが澱を吐き出したくなって
私に話をしてきたときには、ついつい親身になりすぎて、
人の分まで澱を溜め込んでいってしまったり・・・
これは完全に、余計なお世話なんだろうけど、
勝手に感情移入しすぎてたりした。

そりゃぁ、溜まりますよね。
いくらおいしく熟したワインでも、澱は飲まないし、
必要ないものだもん。
人の体の中になんて、もっと必要ないよなぁ。

と、とってもとっても実感したのが
病気になってからでした。

今は、経過観察中。
この時間っていうのも、
本当に大切な時間で、いろんなことを考えたり、
自分の生き方を見直せたり、
本当に自分の体のために動ける時間だなぁって実感してます。


そして、一番そばにいる、夫には甘えられるようになり、
ちゃんと友達も、心友と呼べる人だけで十分って思えるようになり、
いろんなことが、自分のためにいい方向に向かっているんだろうなぁ、って
実感することができています。


若かりし頃に勤めていた会社の上司が
テレビ番組で聞いたこんな言葉を教えてくれました。
「過去は未来で変えられる」


今は、本当にそう思っていて、
これからの未来が健康で明るく過ごせていれば、
過去にあった辛いことや、澱なんて、
すっからかんに綺麗にできるんだろうな、って
そう思います。


今年はなんとなく、ブログ離れしようかな・・・って
実は密かに思っていたけど、
この何か溜まっていた思いを吐き出すようにブログを書くことも、
大切なことだと思ったので、
また、書いていきたいと思います。


あー、すっきりした。
長々ごめんなさい。


でも、
つづく(笑)。

地元の同級生6人と
大人になってから再会した。
みんなしっかりそれぞれの道を生き、
自立した女性になっていた。

少しおしゃれして、
ファンシーなレストランを予約して
セレブごっこみたいなことをして、
定期的に遊んだ。
余裕ができてた年頃だったのかな…
アラサー働き盛り。

ある日、その中の1人が
子宮ガンになったことを伝えられ
彼女の闘病生活が始まった。
今思うと、どうして、お見舞いに行かなかったんだろう。
私は、何してたんだろう…
離婚して、大阪に転勤したりして、
自分の生活立て直すのに必死だったのかなぁ。

治療が終わってから、職場復帰した彼女は
色んなことに割り切っていたように思う。
合コンしても、出会っても、男女の仲ではなく、人として仲良くできればいいって言い切る、
なんだか、痛々しい強さのように感じた。

そしてしばらくして再発…全摘オペ。
またあの抗がん剤治療はイヤだと、
治療を拒んでたけど、
家族の為に生きたいと涙して、治療を再開。

治るんだと信じてたから、
あんなに早く逝ってしまうとは
誰も予想してなかった。
2012年2月、雪の京都を旅していた私は帰郷して、急遽お通夜へ向かったことを覚えている…



週末は、そんな彼女のお墓参りに
みんなで行ってきました。
享年35歳。何度見ても
この数字は少なすぎる。

私達は、
今年40歳を迎える。


私は、術後の追加治療なく
経過観察中…
与えられた命。
生かされてる命だから…
今をしっかり生きたい。
できるだけ、後悔はしたくないから
嫌いなことを止め、
好きなことをする。
それが、これからの私に与えられた
生き方「ギフト」なんだと思う。


同級生の女性達、
それぞれの生き方があるけど、
キャリアウーマンとなりつつある
1人の子に対しては、
色んなモヤモヤ感情が生まれた。
なんだか、表情が浮かない感じ。
仕事におわれ、毎日があっという間らしい。

どんなに会社に尽くしても、
組織は守ってくれない。
会社は家族じゃないから、
救ってくれない。
他人が口出すことではないのは
わかっているけど、
幸せに生きて欲しい。
心許せる人、弱いところ見せられる人に
出会って欲しいなぁ。
健康に生きていられることって
本当に素敵なことだから…。

今の女性は強い。
結婚をする、しない選択、
子供をもつ、もたない選択、
正社員、派遣、パート、専業主婦の選択、
沢山の道がある。
だからこそ、なるべく好きを
追求して欲しい…自分らしさが消えないように。


難しいことはわかってるけど、
できないという前に、
まずは一歩から動けるから…
生きてる限り、なんでもできる。
元気にいられるって、
本当に恵まれていることなんだから。




最後に、これはあくまでも
私の個人的感情です…
まとまりのない文でしたが
長々と、読んでくれてありがとうございました。