文責を持つというプライド | 有限実践組-skipbeat-

有限実践組-skipbeat-

こちらは蓮キョ中心、スキビの二次創作ブログです。


※出版社様、著作者様とは一切関係がありません。
※無断での転載、二次加工、二次利用は拒断致します。
※二次創作に嫌悪感がある方はご遠慮ください。

 初めましての方もそうでない方も、どうもです(・ω・)/一葉梨紗です。


 こちらの記事は、2014年8月22日にUP致しました「 お話UPをする前に 」というタイトル記事の中から、「被りと模倣について」一葉の考えをつづった部分のみを抜き出したものです。(加筆あり)


 お話の「被り」と「模倣」は明確に違うものです。

 これについて、当事者同士ならいざ知らず、第三者の指摘によって言及されるケースがあると言う事実を知って、正直、頭をトンカチで叩かれたような気分を味わいました。(そういう事実があると聞いただけで、現時点で私が味わった訳ではありません)


 この件に関しまして、過去に経験した事象を踏まえた上で、一葉の考えを文章に致しました。

 下記の内容はあくまでも一葉個人の見解によるものだという事をご理解頂いた上で目を通して戴きたいと存じます。

 また、こちらの記事に関しましてリンクをご希望される方はご連絡を頂けたら嬉しく思います。


※記事内にあるリンクは先方の了解を頂いております


 一葉が二次作家としてアメに登録したのは2013年11月。

 正直に言えば、それほど多くの二次作家様のお話に目を通すことなく登録しました。


 私が簡単にこの世界に飛び込んだのは、過去に同人誌という世界を体験していたが故。

 二次作家としての抵抗は微塵もなく、むしろまたお話が湧いて来る喜びに武者震いを感じていた程でした。



 そんな私が始めて経験した「運命的感動」は、2014年2月に企画運営されました「メロキュンリターンズ☆蓮誕&VDお祭り企画」に参加した時。


 あのメロキュン…本当に大変だった…(。―ωー)ノ゙。。。自分で挙手したくせに、全然話を思いつかなくて…。

 ぼんやりした形が出来た時点で泥団子をこねるようにムリヤリ前編綴って、早々に投下した方が甘くなくても見逃してもらえると思って、2月2日にUPしたんですよ…。ええ、前編ね…。


 一番のり~って思っていましたけど、違いました(#⌒∇⌒#)ゞ

 記憶が定かではないのですが、既に私以外にもUPした方が数名いらっしゃったと思います。


 そしてその中にマリモ様という作家様がいらっしゃったんです。


 ほぉ~…(・・//)と思っていそいそと読みに行った一葉。

 そこで、運命を感じました!!∑( ̄□ ̄;)


 だって、マリモ様のお話の出だしと、一葉のお話の出だしのシチュエーションが、双子のようだったんだもの!!Σ(・ω・ノ)ノ!うきょーっ?!!

 運命感じて勝手に胸をときめかせて。


 いや ―――――― ん♡♡♡o(^▽^)o自分と同じ感性の人がいるぅぅぅ!!と狂喜乱舞。

 まあ♡なんて素敵な偶然と出会い…と恍惚に身を預けましたとも!


 ……だって、そうでしょう?

 一葉、前述した通り、お話は脳内でコネコネさせる期間が必要なんです。

 妄想して、形を作って、文に起こして、まとめて、見直して、UPする。


 この一連の作業…今は早ければ2~3日位ですけど、その頃はどんなに頑張っても一週間は必要だったんです。

 そうやって時間をかけたお話の、UPした日が同じでしかも内容が似ているなんて!!


 運命以外の何を感じろというの ――――――― っ?????


 …で、以来、時系列で追っかけてます!(`・ω・´) それが何か?(笑)

 (ブログ記事での追っかけは、某スキビマスター様の追っかけが終了してからスタート切った)


 以降、一葉が超重量級押しかけ愛を背負って堂々と自分を売り込みました結果、マリモ様と楽しくやり取りが出来るようになったことに本当に満足♡しております。




 ――――― でも、このエピソードを思い出した時、ふと思いました。

 もし、このとき一葉のお話がマリモ様のUPより1日、いえ、半日でも遅れていたとしたら、「こいつ…マネっこビスケット!!」って憤る方がいらっしゃったのかな…って。


 私が感動を味わったこの出来事は、見る人が見たら「被り」にしか見えないのかしら?って。


 例えば、タイトルが同じだったり、中身が似ていたりした場合、遅い方がUPを控えるべきなの?って。


 一葉ね、セーちゃん(魔人seiさま)ブログの記事から色々な方のブログを訪問するのですけど…ここひと月位?…の間に、過去記事も合わせて、やけにこの系列の話題を目にするので、自然と考えてしまいました。

 ⇒セーちゃん宅関連記事被りと模倣は大違いです


 一葉、長いモノは一年位へーきでため込むタイプなんです。

 長編はもちろん、短編だってそう。今だって半年以上温めているお話が幾つもあります。


 それを、よっしゃ!期が熟した!と腰を上げ、文章にしてUPの為に準備を進めて、いざ陽の目を見るぞ~って直前にもし、被ったタイトルや内容を見つけたら、それを潔く諦めなきゃダメなの…?(- -。)



 私はそれ、違うと思う。



 先にUPした方が、何のかも判らんけど権利を得るって、おかしくないですか?

 その線引きを一体誰がするんだろう?

 半年、一年と考えていた事なんて、誰の目にも見えないよね?



 これって、あれよね。ビーグールに曲を盗られた尚の話とちょっと似ている気がする。

 どんな形であっても、先に発表した方の勝ちなんだよな…って考えるところが。



 一葉はね、もしマリモ様のお話が一葉より1日あとにUPされていたとしても、やっぱり同じように運命を感じたと思うの。

 繰り返しになるけど、お話っていうのはすぐ形になる性格のものじゃないって私は知っているから。


 共感や共鳴を覚えて喜ぶことはあっても、マネされたなんて微塵も思わない。

 それに、悪意ある文章って、なんとなく判るものです。対抗心を持っていたり、敵愾心を持っていたり、虚栄心を持っていたりする文章。

 そしてそれを感じたら、一葉は絶対、読みになんか行きません。



 一葉がね、同人誌にハマった高校生の頃はね、インターネットなんて全然普及していなかったの。

 だから二次同人では同じようなお話、似たような展開なんて、そこかしこにあったけど、いがみ合いなんて稀だったよ。

 自分が描いたお話と類似した作品に、イベントなんかで出逢ったりしたとき、見ず知らずの人だったけど「同志っ!!」って肩を抱き合って握手を交わすのはごく普通の事だった。


 だから、一葉は今もそのスタンスでお話を書いているよ。



 人様の記事の中で時々見かける

 「許可を頂いております」という文面を見るたび、少し切なくなる…。



 二次作家はさ、好きでやっている事でしょ?

 自分の書いたお話にプライドを持つのは大切だと思うけど、持ち方を間違えたらいけないと思うんだよね。


 それに、もし持つとしたら「文責」かなって思う。


 自分が綴った文章に対して責務を負う。二次とはいえ「作家」なら。そのプライドを持つとカッコいいかなって一葉は考える。


 そして、忘れてはいけないと思うのが、原作に対する信頼と感謝と愛情。


 いまね、一葉は、セーちゃん、ユーちゃんと3人で、蓮キョ愛捧げあい~♡なるコラボを楽しく展開しちゃっているけど(2014年8月現在の話です)例えばこの3人の楽しそうな様子を見て、自分たちも味わいたいな~なんて思って、誰かが同じようにコラボ連載を始めたとするよね。


 それをさ、「マネっこじゃん!!」って、指さす必要はないと思うでしょ?


 むしろ一葉なら、喜々としてそれを読みに行きます。

 そしてあわよくばローリングして帰ってきます(笑)

 楽しい事をつまらなくする必要、ありますか?


 それは、愛があるからやっている事であって、同時に愛があるから出来る事でしょ?

 楽しい事はみんなで楽しむ。それが二次のルールであると同時に、原作者様が目をつぶっていて下さる理由でもあると思うんだよね。



 この、無条件に与えられている信頼に感謝しなければいけないと思う。



 まあ、コラボ自体があちこちで見られる事なので、喩え話としては適当ではないかも知れないけれど。何となく感じ取ってもらえたら嬉しいと思います。



 …世の中にはさ、十人十色って言葉があるけど、ここに百人、二百人って人を集めたら、同じような事を考える人が複数いるのって全然不思議な事じゃないよね。

 ましてや二次の世界は同じものが好きで肩を寄せ合わせた烏合の衆です。


 色々な考え方の人が居ると思うけれども、タイトルの被りや内容の被りがあってもぜーんぜん不思議には思わない。

 むしろ一葉はやっぱり、共鳴と共感を覚えて、勝手に運命を感じて盛り上がります。

 また重ねて言うけど、模倣をした文章っていうのはどこか「その人らしさ」が欠けるからすぐに判るものだと一葉は思います。


 まあ、自分が物書きだからそう感じるだけなのかも知れないけれどね。


 影響を受けて文章が変わるのを、一般的には「成長」と分類するのかも知れませんけど。

 その変化がもし模倣によって得られたのだとしたら、物書きとしての心は壊死していくものです。

 文責…。大切だよね、ってこうして書きながら改めて思います。



 お話を綴る理由って人それぞれあると思うのですけど、プロの世界でだってタイトルの被りを見ることはありますよね。

 それに、歌謡曲(と一括りにしていいのか悩みますけど)だってそうじゃないですか?


 カラオケに行って、同じタイトルなのに様々な人の歌が、それこそ山の様に存在していますよね?

 私なんか時々間違えて選曲したりするぐらいです…。

 それって、ごく当たり前に存在する事だと思うんですよ。


 なのに、二次という本来なら認められていない世界の中で

 しかも同じものが好きな人間同士が集まった烏合の衆の世界でだけ


 それ(被り)に目くじらを立てる人がいる…というその事実に胸が痛いです。



 模倣をしたくなる…っていうのは、憧れる気持ちがどこかにあるんだと思います。


 自分の心の中で、共鳴する何かがあって、胸が震えて、自分もこんな風に人に感動を与えてみたい…。そう思って手を出してしまう人がいるのかもしれない。

 だからこそ、危機感を持ってそれに指を差す人が居るのかも知れませんけど、でも、それと被りは別の物で、その線引き自体を何をもってそうと判断するのかは人によって異なりますよね。


 書き手の一人一人が自分の文章に「責務」を負う。その気概を持ち得れば、きっと不要な諍いも起こらないと私は考えます。

 そうすれば「模倣」なんて事象もきっと起きない。



 話は少し変わりますけど、私は、凡人です。

 普通の。どこにでもいる。十人並みで世間並みの…。


 凡庶、凡眼、凡俗、凡下、凡庸で凡慮な一個人です。


 でも私は、子供の頃からお話を綴ってきた中で、一つだけ知っていることがあるんです。


 普通の人間が、普通の人間を感動させる。

 この、酷く単純で明快に素晴らしい奇跡を起こすために、自分がしなければならない努力には限りが無いって事を。


 私の座右の銘は「知識は決して裏切らない」です。

 この視点だけで話をするなら、私は今より無知だった過去の自分に戻りたいと思った事は一度もありません。



 百尺竿頭、一歩を進む【ヒャクシャクカントウ、イッポヲススム】

(故事ことわざ:工夫を凝らした上に、なお一層の工夫を加えて、満足することなく絶えず進歩向上をはかるたとえ)



 二次の世界で呼吸を繰り返す誰もが、苦しい思いや辛い思いをすることなく、笑顔で挨拶を交わせる日が来ることを心より願って、この記事の締めとさせていただきます。



 最後まで読んで下さり有難うございました。

 明日も笑顔がありますように。



   有限実践組 一葉梨紗 拝




⇒文責を持つというプライド・拍手


※この記事により気分を害されたり落ち込まれたりした方がいらっしゃったら申し訳ありません。

あくまでも一葉梨紗一個人としての意見としてお受け止め下さい。