〜ふうふモラトリアム〜 第16章






🔹本日も貴重なお時間をご一緒して頂きありがとうございます🙇‍♀️


拙いblogへのご訪問、いいねを頂き嬉しく思っています😊


🔸だいぶ間が空いてしまいました😅💦

やっと梅雨が終わりが見え始め、もうすぐ夏休みがやって来ますね。


色んな事があり、心身共にバタバタな日々でした💦

少し前の事になりますが、6月上旬は息子の修学旅行がありました。

4月からの環境の変化だけでも不安定だった所に、進級してすぐの修学旅行。

この事が理由で5.6月は、息子のメンタルを大荒れにさせていました💦


元々、気になる事があると頭から離れず、その事で不安感が増す息子。

普段は『明日の学校』が1番の原因でしたが、そこにプラスして『修学旅行』が頭に入ってくると、どんどん不安定になり眠れずパニックを起こす事が頻発💦💦


小さなパニック状態でおさめられると時間も短いのですが、どんどん増していくと平気で数時間パニックで叫んだり暴れられます。

たまの事なら良いのですが、頻繁になってくると流石に付き合う方も疲弊しますね😅💦


ただ、これも成長過程に必要な時期なんじゃないかな?と、思う様になり『やりたいだけ、やったら良いわ!!』と腹を括りお付き合いしました😝



🔹担任の先生にも何度も状況を伝え、修学旅行に同行する支援級の先生とも話し合いを設けて頂き、息子の不安を少しでも取り除く為に、私が後から現地に合流する。

そして、夜は夫が迎えに行く案を出しました。


それでも『行こうか、休もうか』散々悩み続けて。。。

当日の朝『休もうと思う』と、自ら決断を下した息子。


自分で決められて偉い!!✨


その気持ちは嘘じゃないのに、やはりどこかで全部じゃなくても、ちょっとだけでも参加させてやりたかった身勝手な親心がムクムクと湧き上がり、しょぼくれた母でした😅💦


その日、ずっと息子を支援してくれていた先生が、わざわざ訪ねて来て下さり、息子と話し、私の気持ちまで色々汲み取って下さいました😭😭💕

先生のお陰で、心の波立ちが穏やかになり、本当に有り難かったです🍀


その後も、勿論色々ありまして😝💦その事はまた綴れたらと思っています。



🔸では、今回も『泥んこばなし』の続きになります。

前回のお話はこちらです↓


夫婦関係、自己変容等にご興味ありましたら、宜しければお付き合いください🙇‍♀️






🔹夏に行った城崎旅行の夜、子供達は旅館に義理両親と残ると言うので、夫と二人で温泉街の散歩に行く事になりました。


正直、何故かちょっと緊張しました😅💦


夫と二人きりで出かけるなんていつぶりだろう?

そんな状態の夫婦関係だった。

夫の事を少しずつ許容出来る様にはなって来たとは言え、急に仲良くなれるわけではない。

そんな事が出来たら、こんなに拗れてはいなかったと思う。


『会話って、どうするんだったっけ?』

そんな風に思いながら。。。


ぎこちない二人の、微妙な距離感で夜の温泉街をぶらぶらしました。


それでも振り絞って出てくる会話は

『これ息子好きそうだね』

『娘こう言うので遊ぶかなー』など、子供の事を出せば話が出来ました。


そんなぎこちない時間でも、今までの様に一緒に居る事すらも不快感があった時期を考えると

『子供達が居なくても、何とか2人きりが成立しているな✨』と思え、自分の中で心が溶け始めている実感がありました。


少しずつの歪みが重なり今の現状を作り出した以上、一足飛びになんていかない。

それを重々わかっていたので、何かのキッカケが欲しかったのです。


旅行と言う、非日常だから作れた時間であっても『ほぼ会話しない夫婦2人が、2人きりで会話をする事が出来た✨』


今まで出来なかった事が出来たと言う事実は、自分に対しての許しの様な『エライ!頑張った!』そんな気持ちをもたらしてくれ、その時間を過ごした後の自分の心は、やはり今までとは違っていました🍀






🔸次の日、夫と子供達が遊ぶ姿を少し離れた所で見て居る時間があり、私は客観的に『目の前に居る親子』を観察していました。


その親子は、とても楽しそうで、お父さんは子供達のリクエストに懸命に応えていて、お父さんがしてくれる事が嬉しい様で、子供達もすごく笑顔で過ごしていました。


暖かく、幸せそうな凄く良い光景でした✨


その幸せそうな光景を見ながら、『私は小さい頃父親にこんな風にして貰ったことなかったな』

『家族揃って旅行も殆ど行った事ないな』

自分の幼少期を思い出しながら、我が子を重ね合わせて見ていました。



『良いな。羨ましい』



その思いが顔を出したら時に、ふと『コップ理論』で自分が感じた事が浮かんだのです。



以前にも綴った様に、私にとっての『コップ理論』は愛情のコップの大きさと同じ位、そこに注がれる愛情の中身が大切だと思っていて、その中身が注ぐ側と、受け止める側の求める物の相違が愛情のズレに繋がると思っています。


その事に気づいた段階では、『私と息子の愛情のズレ』に関して考えていました。


でも、これは他の人との関係も同じだよな。

と、思ったのです。



🔹昔を思い出していた私は

『子供時代の私と両親』の愛情のズレがまず当てはまると思ったのです。


今目の前にある幸せな光景の様な関わりを、幼い頃の私は求めているいたけれど、私の両親は違う愛情を注いでくれていた。


そこにはズレがあり、あの頃の私はそのズレを悲観的に思ったり、大人になっても尚、その時の気持ちを引きずる事もありました。


だけど、確実に『両親の愛情』はあったのです。

私が望んだものでは無かった。

事実はそれだけなのです。


両親には両親なりの考え、状況、思いがあった。

今になったら理解出来る事もあります。


私が求めた味は『ジュース』だったけど、両親は『緑茶』しか注ぐ事が出来なかったんだな。

『緑茶』しか知らなかったのかも知れない。

大人になった今なら、『緑茶』の美味しさもわかるな✨

そんな風に思ったんです。


自分の昔の気持ちを認めて、許して、自分で癒した時に、目の前に居る夫と我が子をもう一度見てみました。


その時に『あっ。。同じだ』と思いました。



何が同じなのか?


それは『夫なりの愛情』です。



長くなってきたので、詳しくは次回へ→


今日のお話は以上です🍀

今日もあなたに感謝を込めて✨