〜ふうふモラトリアム 第四章〜





🔹本日も貴重なお時間をご一緒して頂き、ありがとうございます🙇‍♀️

拙いblogへご訪問、いいねを頂き大変嬉しく思っています😊


🔸コロナが5類になってからの初お盆🍀気兼ねなく、旅行や帰省を楽しまれた方も多いのではないでしょうか?


 我が家は夫も私も、実家は無く、元々田舎も無いので昔から、夏休み田舎に帰る子が羨ましかった思い出があります✨

私の父は何処かに子供達を連れて行く気なんて、更々ない人だったので、ご近所さんの田舎に一緒に連れて行って貰ったりしていました😁

今から思えば、凄い事ですね😅


近所を少し歩けば小川があって沢蟹を見つけたり、見渡す限り緑が溢れる風景が今でも忘れられない思い出です🍀

我が子にも、そんな思い出作りたくても、与えたくても中々出来ない贅沢なものですね。



🔹では、本日も『泥んこばなし』の続きです。

前回のお話はこちら↓


少しずつではありますが、自分なりに試してみたからこその気づきが沢山あります。

そんな観点も混えながら、書き綴りたいと思ってます。

もし、ご興味おありの方は、宜しければお付き合いください🙇‍♀️





🔸『堂々と生きていきたい』

自分の中に湧き出た感情を認めながら、そう出来ない自分への理由も探っていく地道な道のり。


 私は、勘が鋭く『なんか嫌な感じ』を小さな頃から感じるタイプ(霊感はないです)でしたが、気持ちを言葉にする事が苦手で、飲み込み過ぎて身体に症状が出たりする事が多かった。


⚫︎日曜日の夜になると、学校が嫌で眠れない

⚫︎学校に居ると、やたらお腹を壊す

⚫︎人間関係で色々あり、蕁麻疹が出る

などなど。。


直近の事で言えば、同居を始めてから逆流性食道炎になった(今も根強く投薬治療中)




🔹自分の中の『嫌だ』を言えない根底には、自分の両親との関係性や、育った環境は影響している事は頭では理解出来たけれど、既に他界している両親に腹を割って話は出来ない(心では沢山話しかけてはいます)

中々今の自分には難しい。。。そう感じていた。


『堂々と生きる』には、自分で決めて、その責任は自分で取る事も大切✨と言う事を知りました。


まずは、日常の中での小さな事を自分で決める練習を始めた。

⚫︎職場に行く道を、今日はこっちの道にする

⚫︎今日は、ここを掃除する

等、本当に些細な事だけれど、誰かに言われた事じゃなく、誰かが『こうすべき』と言うような事じゃなく、自分が『こうしよう』と思う事を決めて実行していった。




🔸私にとっては、これを意識する事で、その日を振り返った時に『今日はこれだけ出来た』✨と、小さな達成感の様な満たされる気持ちが、少しずつ増す様になった。



🔹続けていくと、ある事に気づいた自分が居た。

『あれっ?今まで言えなかった『嫌だ』も、どこかで『言わない』と、結果的に自分で決めてたんじゃ無い?』

と、言う事だった。


あの時言えなかったのは『良い人』に見られたい自分が居たから、言ってしまった後の面倒な拗れを避けたくて、『言わない』と自分が決めたんじゃない?!


喧嘩になってでも良いから『嫌だ!』と言う事も出来たのに、言わなかったのは自分。

関係性を壊してでも、自分の気持ちを大切にしなかったのは、自分なんだ。



それを避けた結果が今で、私はその結果を誰かのせいにしたかったけれど、あの時も、その時も『言わない』選択肢を選んでいた自分が居たんだ!


それに気づいた時、『誰かのせいにするのはもうやめよう』と決めた。


すぐに『嫌だ』『こうしたい!』って言える自分にはなれなくても、今に不平不満を抱き、こうなった事を誰かの責任にする事で、向き合うべき自分から逃げていた。


まずは、『自分から逃げない』と言う選択を自分で決めた✨


起きてしまった事、過ぎてしまった事、その積み重ねが今を作り上げて、今の自分を創ってしまった。

その時の選択や、判断は、結果として今の自分を苦しめているけれど、でも、その時の自分なりに精一杯だったはず。


だったら、変えようの無い事実は仕方ない。

けれど、この苦しい気持ちを自分なりに変えて行く方向にシフトチェンジしよう✨


そう思い始めていた。

→つづきます


🔸本日のお話は以上です。

今日もあなたに感謝を込めて。。。🍀