「おつ~!」
「カツーン!」
 ビールグラスの音が響きます。
 本日もカレンさんの小さなバル開店です。
「カレンさん。ホタルイカの良いのが手に入りましたよ」



「お!おいしそ~!どうするの?これ。やっぱり酢みそあえ?」
「えー、ちょっと考えたんですけど、まかせてもらっていいですか?」
「いいけど、また変わったことするんでしよ?」
「そんなに変わってるてわけじゃないと思いますよ。では、少々お待ちを…」



「はい。焼けました。カレンさん」
「焼けましたって?ギョ、ギョウザ!?」
「そうです。『ホタルイカギョウザ』です」
「ホタルイカ、なんでギョウザにしちゃうかな~?これ、ギョウザ一個にホタルイカ何匹入ってるの?」
「二匹です」
「どれどれ…ちょっと中を…」



「おー!ホタルイカちゃんが顔を出したわ!かわい~!」
「ちゃんと中骨と目玉を取って口あたり良くしてあります。あと春キャベツをみじん切りにして塩もみしたのと刻みネギ、オリーブオイルと醤油、コショウを少々入れました。お味はどうですか?」
「う~ん!皮はパリパリ!で、噛むごとにホタルイカのうまみが溢れてきてたまらない!中骨と目玉が無いからスンナリ食べられるしね!一個食べてビールで流す。一個食べてビールで流す。もうこの動作が止まらないわ!」
「ですね」
「あ!そうそう!昨日帰り、駅でね。おもしろいもの見ちゃった!」
「なんですか?」
「いつも駅の地下通路でギター弾いて歌ってるひとがいるんだけど、毎日じゃないけど夕方からね。ストリートミュージシャン。オリジナルのフォークソングみたいなの歌ってる。ひとりでね。背の低い」
「あ、それ、ぼくも見たことあるかな。あんまり若くない。アラフォーらしき男のひとですね。ちゃんと聞いたことありませんけど」
「そう、そのアラフォーク」
「さすが、すでに略してますね」
「そのアラフォークが昨日はひとりじゃなかったのよ」
「え?ひとりじゃない?」
「となりで歌っているひとがいたのよ。ギターの伴奏で。ロマンスグレーでスーツの背の高いおじさまだった。あれはどう見ても、あのふたり、知り合いっていう感じじゃなかったわね。急に『歌わせろ!』て参加したような」
「酔っぱらってたんでしょうか?」
「そんなふうに見えなかったな。でも、その歌っている曲がおもしろかったのよ。なんだと思う?」
「なんですか?」
「なんと『エーデルワイス』なの!しかも英語!」
「え?『サウンド・オブ・ミュージック』の?」
「そう。エ~デルワイス!エ~デルワイス!エ~ブリモ~ニング、ユ~グリ~トミ~!てあれ
「へえ。おもしろいですね」
「腹から声が出てて朗々と歌い上げててね。思わず足を止めて聞いちゃってね。あ、帰んなきゃ!と思って、その一曲だけで帰ってきちゃったんだけど、あれは一体なんだったんだろうなあって…」
「それって、まるで『コブクロ』みたいですね」
「なにそれ?なんでここでホルモン焼きが出てくるの?」
「ちがいますよ。フォークディオです。知りませんか?」
「知らない。なに?デヴューしたばっかり?」
 時たま、カレンさんの知識はブラックホールに落ちたようにスポンと抜けます。
「いえ、もう相当のベテランですよ。検索してみましょうか?えーと…ほら、このふたりです」
 カレンさんにスマホの画面を見せます。
「あー、なんか見たことある。どんな歌、歌うの?」
「こんな歌です。『蕾』です」
 カレンさんにスマホで動画を見せます。
「あー、なんか聞いたことある。いい歌じゃん。で、このふたりみたいってどういうこと?」
「なんか、こっちのギター弾いてる方のひとが街で歌っているとき、こっちのサングラスの方のひとが一緒にやろうって持ちかけたらしいですよ。それでディオでやるようになったとか」
「ふうん。で、あれね。お酒好きに好かれるように、グループ名をホルモン焼きにしたのね!」
「ちがいますよ。ギターのひとが『小淵健太郎』でサングラスのひとが『黒田俊介』て名前で、ふたり合わせて『コブクロ』です」
「なるほど…よし!わかったわ!あの駅のふたりにもグループ名を考えてあげましょう!わたしたちで!」
「そんな勝手な…」
「なに?なんか文句ある?」
「いえ、ありません」
「じゃあ、まずは『ジョウミノ』!で、ギターの方が『上祐史裕』!背の高い方が『みのもんた』!どう?」
「ちょっと待ってください。ふたりともすでに実在してるじゃないですか。ふたりの名前まで変えさせるんですか?」
「そうよ。その方がおもしろいじゃない。じゃあ『テッチャン』!ギターの方が『出川哲朗』!背の高い方が『チャンカワイ』!」
「それ、そのまま出川哲朗さんのニックネームです」
「あはは…そしたらさ。『シロコロ』!ギターの方が『白田信幸』!背の高い方が『コロ助』!
「まさかのフードファイターとカラクリロボットのコラボですけど。せめてホルモン焼きから離れませんか?」
「くっくく…じゃ、『ボンジリ』!ギターが『大木凡人』!背の高いのが『イジリー岡田』!」
「もう、メチャクチャです」
「あーははははは!あー、おなか痛い!お腹いたい!ちょ、ちょっとふざけすぎた?わたし」
「ですね」